「大チムニールート?どこにあるのそれ?」
「え?5.7なのに至高なの?」
「そんな簡単なルートやってもな~」
「名前がいまいちだな~,なんかチムニールートって多くない?」
そんな声が聞こえてくる気がする.実際にこの”至高のルート紹介”でこのグレードのルートを紹介するのは初めてだ.
だがそんな声をあげる諸君にこそぜひこのルートをおすすめしたい.そのルートは”クライミングのなんたるか”を教えてくれる.
ワイドクラックの聖地”摩天岩”
いわずと知れた花崗岩クライミングのビッグエリアである瑞牆だが,その広大なエリアの中にはある特定のタイプのルートが密集している場所がある.具体例として,上質で長いクラックが集まる十一面岩末端壁や,スポートルートが集まるカサメリ沢,終了点も含めボルトレスのクラックルートが集まるクラック地獄エリアなどをあげるとわかりやすいだろう.
そんな中,クライミングの中でも少しニッチなジャンルと言っても差し支えない”ワイドクラック”の聖地とされる岩がある.それが”摩天岩”だ.


摩天岩には四つ星ルートである”かぜひきルート”をはじめ,日本最難のワイドである”不動の拳”,全ピッチがワイドクラックのマルチである”陽炎”などたくさんのワイドクラックが集まっている.ワイドフリークでこの地を訪れたことがないものはにわかと言われても仕方がないのかもしれない.
それはワイドクラックと言うにはあまりにも広すぎた.
それはワイドクラックと言うにはあまりにも広すぎた.
広く開放的で威圧的で,そして大雑把すぎた.それはまさに隙間だった.

一説によるとすべてのクライミングは2つに分けられる.ワイドクラックとワイドクラック以外だ.そういっても過言ではないほどにその登り方は異なる.
またそのワイドクラックは,拳よりも広いが体が入るほどではないオフウィズス,体がすっぽり入り体の多くの部分が岩に接するスクイーズチムニー,そしてそれよりもさらに広いチムニーに分けられる.
世の中に「~チムニー」と呼ばれるルートは数多にあり,このような内面登攀は岩の弱点ともいえるためアルパインクライミングのルートに多い印象を受ける.
この”大チムニールート”は摩天岩と,その前衛にある道祖岩の間にあり,ご多分に漏れず岩と岩の隙間をバックアンドフット(もしくはフットアンドヒップ)やステミングで登っていくことになる.
Japanese ”Texas Flake”
筆者はアメリカ合衆国にあるヨセミテ国立公園に2度行ったことがある.2回目に訪れた際,世界最大の花崗岩の一枚岩であるEl CapitanのTne Noseというルートを登った.
The Noseはあぶみを使ったエイドクライミングで登られることが多いルートであるが,その中にはフリークライミングでしか登ることができないピッチもある.その一つが”Texas Flake”と呼ばれるピッチだ.テキサス州の形をしたフレークの裏側にできたチムニーを登る.

この”Texas Flake”はグレードにすると5.8程度と十分にやさしいが,15mほどの長さのチムニーをボルト1本で登ることになりThe Nose前半の精神的核心ともいわれている.実際にはここで落ちたという話は聞いたことがないが,大変だっという話はよく聞く.
”大チムニールート”はこの”Texas Flake”を彷彿とさせる.長さもちょうど15mくらいだし,ムーブも(チムニー登りにムーブというものがあるかどうかは甚だ怪しいが,)プロテクションの雰囲気も似ている.
ムーブ:プロテクション:メンタル=1:2:7
あらゆるスポーツで心技体という言葉を耳にするが,これはクライミングにも共通することだろう.筋力や体力が十分でなければ登れないが,体だけ作ってもムーブがなければ登れない.ムーブができてもそれをこなす精神力がなくては登れない.
”大チムニールート”はグレードとしては5.7とやさしい.だが登っていくとそれはただの見かけ上の数字であることに気が付く.
トポには「水平のクラックにプロテクションが取れる」と書いてあるものの,とても十分と言えるほどの数はとれないし,ナチュラルプロテクションのセットに慣れていなければてこずるかもしれない.そもそもクラックはガタついていて利きは怪しいし,1個外れればグラウンドフォールの可能性は高い.求められているのは心の強さだ.

弱気を見せると体はこわばり本来の自分の動きが全くできなくなる.クライミングというのはやはりメンタルが重要なスポーツなのだということを改めて認識する.
ステミングで登り始めたチムニーは気が付くとバックアンドフットで登れるくらい狭くなっており,最上部にどかん!と乗っかったチョックストーンとの隙間にカムをセットするとようやく一息つくことができる.もちろんここは不動沢,最後は二本の足で立ち上がることができるし終了点も立ち木だ.
たった15m,たった5.7のルートなのになんと濃厚なことか!!至高さというのはルートの質に求めるものではなくそれに対峙している自分の内側から湧き上がってくるものだということに気が付いたときになんだか少し嬉しくなった.

大チムニールート
摩天岩には毎週末ワイドフリークが集まる.だがそんなワイドクラックに魅了された彼らの中の何人がこのルートを登ったのだろう.おそらくこの先もこのルートが日の目を見ることはないだろう.それでも勇気を出して登ってみてほしい.終了点に立った時にはクライミングの真髄に少しだけ近づいているかもしれない.


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