ゴジラパワー 5.11b|名張 屏風岩~景勝地に現れる大怪獣の軌跡~

トラッドクライミング
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 「ゴジラ」

 今から70年前に誕生したこの大怪獣を知らない日本人はいないだろう.そんな大怪獣の名を冠したクライミングルートが三重県名張市の山の中に存在している.

 ゴジラパワーと呼ばれるそのルートは指を受け付けないシンクラックから始まり全身が収まるワイドへと徐々に姿を変え延々38mも続く.これを登るには当然あらゆるものが求められる.フィンガーからワイド,そしてフェイスに対応する技術はもちろんのこと,勇気,覚悟,根性,忍耐力,情熱,そして運,ありとあらゆるものが,,,だ.そうしてこのルートを見事完登しきったときにはこれまでと違った景色が見えてくることだろう.

柱状節理の景勝地 香落谷

 三重県名張市に香落渓と言われる観光名所がある.名張川の支流である青蓮寺川に沿う香落渓には溶血凝灰岩の柱状節理が約8㎞にわたって続いており見ごたえがある.この一帯は春は山吹やつつじが咲き誇り,秋には山全体が紅葉で覆われる景勝地だ.

香落渓の岩場 屏風岩

 今から40年以上前,日本ではまだ5.12台が登られていなかったそんな頃に,関西のクライマーたちはこの香落渓の柱状節理に目を付けた.最初に見つけた人はその可能性にさぞ感動したことだろう.通称「名張」と呼ばれるこの岩場には40mを越えるスケールのクラックを筆頭に数多のクラックが存在している.そうして名張の開拓は始まり,現在に至ってもなお続々と新ルートが生み出されている.

クラック集団”ナバラー” ※特殊な訓練を受けています※

 このような背景をもつ名張であるが,地元三重からはもちろん関西や東海からのアクセスもよく一年を通じてクライマーの姿を見かける.そんなクライマーの中に名張をホームエリアとして技術を磨いているクライマー達がいる.溶血凝灰岩で形成されている名張の柱状節理はクラック以外の弱点が少なく,これを登るには純粋なジャミング技術が求められる.彼らは”ナバラー”と呼ばれ,時折名張を離れ全国津々浦々の岩場に姿を現し難しいクラック課題をいとも簡単に登っていく.そうしていつしか「ナバラー」=「高度なジャミング技術を持った人々」として定着するようになった.

大怪獣ゴジラ

 「ゴジラ」は1954年に公開された特撮怪獣映画の名称であり,また一連のシリーズに登場する怪獣の名前である.国民的映画であり日本人ならば知らない人はいない.このゴジラシリーズは50周年記念である2004年に一度完結しているが,その10年後の2014年にハリウッド発で再び日の目を浴びることになる.この影響か,日本でも復活を果たし2016年「シン・ゴジラ」,2023年「ゴジラー1.0」と大人気作が生み出されている.

wikipediaより引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9

 このゴジラという怪獣はシリーズ全体を通して恐竜をモチーフとしたような黒く巨大な生命体という姿をしている.他の怪獣と戦い人類の味方となるような場合もあるが,多くの場合で人類にとっては脅威として描かれている.現在ではコンピューターグラフィックスの技術を利用してゴジラの脅威を表現しているが,そんな技術のない時代は着ぐるみを着たスーツアクターがゴジラを演じていたのだ.

ゴジラパワー

延々と40m続くクラック

 ゴジラパワーは香落渓の看板ルートのひとつで屏風岩と呼ばれるエリアにある.マイクロカムも決まらないシンクラックから始まり,フィンガーサイズでチャンジングコーナーの小ハングを越え,きわどいフェイスを耐えた先にあるテラスを経て,最後はダメ押しのワイドクラックとなる.38mに及ぶ国内有数のロングルートで対岸からでもその威圧感のあるワイドクラックははっきりと視認できる.いずれのサイズも決して容易ではなくとあるブログでは

フィンガーからワイドまで、全てのレンジでそれなりの技量を習得した者にしか登ることを許さずその風格といい、このエリアを訪れたクライマーは必ずこのルートを登じたいと願う。

ワイドクラックが好き  https://widecrack.exblog.jp/25706000/  より引用

とあるがまさにその通りだ.

 名前の由来は当然のことながら「大怪獣ゴジラ」だ.開拓に携わった杉野信介氏の作成した書籍(香落渓の岩場)を拝見すると,対をなるルートで同じ石柱の裏を登るモスラパワーの項で”開拓初登時にクラック内に棲息する蛾の大群に,顔面毒液攻撃を大量に受けた事がルート名の由来である.”とあり,これに付随する形でゴジラパワーの名も思い浮かんだと推察される.あるいはワイドに挟まる感覚がかつての着ぐるみのゴジラを彷彿させたのか,ワイドに苦しみ吠える姿がゴジラを連想させたのかはわからない.

偉大なる文明の利器

 このゴジラパワーというルートだが,前述のとおりフィンガーからワイドまですべてのサイズのクラックを有しており当然それに伴うプロテクションも必要になる.マイクロカムから始まり複数のワイドギアも用いてテラスに至る.

 だがこれは最新のギアだからこそ成せることだ.今でこそキャメロット6番も容易に入手できるが,このルートが初登された1980年代には当然そんなことはない.まともなワイドギアもないまま初登した開拓者には頭がさがる.先ほどと同じく杉野氏の書籍にはこんなことが書かれている.

(前略)~幅広な割れ目が目標であるが,Hex11が最後のプロテクションとなった初登時の印象が強烈であったので,~(後略)

香落渓の岩場(杉野信介)

現在でも流通しているものと同じであるとすれば,Hex11の有効レンジは63~80mmとある.これはキャメロットC4でいうと#3(54.4-77.5mm),ないしは#4(70.9-102.4mm)に相当する.おそらく最後のプロテクションをきめてから10mほどのランナウトになるだろう.ちなみに耐荷重は10kNとなっておりマイクロカムと言われるものとさして変わらない.現代でも十分充実するこのルートだが,当時はさらに痺れるものであっただろう.

戦いの果てに

 ゴジラパワーは名張を代表するルートの1本である.いや日本を代表するトラッドルートの1本といっても過言ではないだろう.40m近いそのスケール,次々と姿を変える多彩なクラック,その見栄え,どれをとっても一級品だ.クライマーならこのルートをみて黙っているわけにはいかない.だが簡単に登れるものでもない.それでも苦しいワイドを抜けリップをとりテラスに立ったものにしか見えない景色がある.それを見るためにもぜひこのルートを登ってみてほしい.

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