正直にいうとぼくはスラブが好きではない.むしろどちらかというと嫌いの部類に入る.極論,この世からスラブがすべてなくなったってなにも困らないとさえ思っている.
そんなぼくでもまた登りたいと思えるスラブに出会った.そこにはまるで大海原のようにスラブが広がっていた.
僕はスラブが好きではない
冒頭でも述べたようにぼくはスラブが好きではない.いや,これはぼくだけに限らずきっとスラブが好きなクライマーは少数派だと思う.あのデリケートで怖くて落ちたら擦り傷だらけになるクライミングが好きな人は変態的だ.
スラブというのは一般的には傾斜が90度に満たない壁のことを言うが,80度くらいまではフェイスと言われることも多く実際にスラブと言われるのは最大でも60‐70度くらいの傾斜のことが多いのではないか.
傾斜が緩いから登るのが簡単かと言われるとその分ホールドは細かいので傾斜のある壁のクライミングより難しい場合も多々ある.登っていると「足を信じて!」とよく言われるがそんな簡単な話ではない.
スラブと言えば花崗岩,花崗岩と言えばスラブ
どんな岩質にもこの傾斜はあるがスラブの印象が強く残るのは花崗岩だろう.おそらく岩の形成過程が関係していると思われるが詳しくは知らない.
日本だと小川山や瑞牆,世界的に見ればヨセミテやスコーミッシュなどのエリアがこれに該当する.これらはスラブの代表的なエリアと言っても過言ではない.スラブ=花崗岩と言っても差し支えない(差し支えある).

”ガマルート”と言うと小川山で人気一位二位を争う人気の入門マルチピッチルートで,その出だしは5.8の”ガマスラブ”からはじまる.このガマスラブというのは単にルートの名前にとどまっているだけではなく,その広大な一枚岩をガマスラブといいそれ自体がエリアの名前にもなっている.

ほかにも小川山には有名なスラブルートがたくさんある.マラ岩にある”届け手の平”なんかも有名だ.5.12が登れるようになってもなかなか手の平は届かない.スラブの中にはグラウンドアップで登られたルートも多い.

ヨセミテも代表するスラブのエリアだ.というかこの広大な花崗岩のエリアの95%くらいはスラブとクラックのルートが占めている.El Capitanというと世界最大の花崗岩の一枚岩だが,その基部は例にもれずスラブでここが案外難しい.特にヨセミテの花崗岩は氷河によって磨かれたつるつるの岩質で日本とはまた雰囲気が違う.
はんぺん岩

はんぺん(半片)は魚肉のすり身に山芋などの材料を混ぜて気泡をたくさん含ませた練り物で真っ白な見た目をしている.ちなみに余談だが静岡県出身のぼくは黒いはんぺんの方がなじみがある.
そんなはんぺんみたいな真っ白できれいな見た目をしている岩が瑞牆にある.
はんぺん岩は十一面岩正面壁と奥壁の間にある50mほどの高さをもつ岩だ.ここはなかなか訪れることの少ない場所だが,ベルジュエールや黄金の風など十一面岩正面壁の頂上に至るルートに登ったことがある人は下降時にこの岩を見たことあるかもしれない.頂上から少し歩きフィックスロープを懸垂下降したあたりにある.

このはんぺん岩は古い(といっても2015年発刊だが)瑞牆クライミングガイドには記載はなく,第二版からトポに載るようになった.開拓されたのはつい最近のことだ.クライミングの場合,2000年代に開拓されたものも最近のルートという風潮があるが,こちらは正真正銘の最近のルートで2021年に開拓された.
Have a Nice Step!左および右
はんぺん岩には2本のルートしかない.そしてそのどちらも”Have a Nice Step!”という共通の名前を有しており違うのは”左”か”右”かというだけ.トポによると左が5.11bで二つ星,右が5.11aで三ツ星がついている.となると星コレクターには絶対に放置することができない岩場だ.

”Have a Nice Step!左”は全体的に同じくらいの難しさが続く.ルートは大きく右上に伸びていき最後は”右”と合流する.最後のトラバースポイントはやや悩むがよく見ると細かいスタンスがちりばめられている.

”Have a Nice Step!右”は”左”に比べるとメリハリがある.出だしは顕著な弱点である縦フレークに沿って登る.そのフレークがなくなったところで明確な核心がやってくる.核心を抜けると傾斜は落ちホールドも出てくる.最後は”左”と共通だ.
どちらもルート長は35mもあり充実する.35mの間にボルトは10本弱しかなく,遠いところでは5mほどランナウトするかもしれない.でもそれを感じさせないくらい楽しい.初登者がそうなるように設定したのだろうか,60mロープでちょうど降りてこられるのも評価のポイントだ.
もしかしたら左と右の特徴は逆かもしれない.だからこれであっているか確かめてもらいたい.そのためにも2本セットで登ってもらう必要がある.
初登者によると将来的にこのルートはマルチピッチになるようだ.もしかしたら未来の人気ルートかもしれない.空いている今のうちに登っておこう!
スラブの海

このルートを登った友人が言った
「スラブの海が広がっていました」
自分でも登ってなるほどと思った.これ以上にこのルートたちを的確に表現している言葉はない.
一応ボルトという灯台を道標に進んではいくが,ボルトとボルトの間は想像力を掻き立てて自由に航路を描くことができる.ルートは線ではなく面でとらえる必要がある.そんなルートだ.

この世からスラブがすべてなくなったらさすがに困る
相変わらずスラブのことは好きではないしスラブと聞いたら避けてしまうかもしれない.
そんなぼくでもこのルートだったらもう1回登りたいなと思う.最近ボルトやクラックを追うクライミングばかりしていたが,クライミングは自由なんだということを思い出させてくれた.
それにやはりこの世からスラブがすべてなくなったらさすがに困る.






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