北岳バットレス第4尾根主稜(厳冬期)【山行記録】|2025年2月8-11日

アルパインクライミング
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「いつかこの壁を登ってやる!」

今から2年ほど前,2022年の年末に池山吊尾根から北岳バットレスを眺めたときにそう誓った.そんな”いつか”がやってきた.

「あぁ,憧れの北岳バットレス」

今回,そんな憧れのルートに挑戦してきた.

北岳バットレス

 北岳は言わずと知れた日本第2の標高を持つ山である.そんな北岳の東面には”北岳バットレス”と呼ばれる岩壁がある.

 この北岳バットレスはアルパインクライミングのエリアとしては初~中級者向けでシーズンには多くのクライマーで賑わっている.特に第4尾根主稜はそのロケーションが素晴らしく日本を代表するクラシックルートであることは言うまでもない.

無雪期の北岳バットレス

 だがそんな北岳バットレスも冬になると氷雪に守られた要塞となり近づくものは数少ない.

無雪期,上級者にはさしたる課題もない北岳バットレスだが,冬期,雪を纏うと表情は一変する.

チャレンジ!アルパインクライミング(東京新聞出版局) 廣川健太郎

概要

日程 2025年2月8日,9日,10日,11日

天候 2月8日 雪,9日 晴れ,10日 晴れのち雪,11日晴れ

コースタイム

2/8 入山

奈良田駐車場(0415)-あるき沢橋(0612)-池山御池避難小屋(0952)-城峰(1205)-2540付近TS(1340)

2/9 偵察&トレース付け

TS(0615)-ボーコン沢の頭(0744)-八本歯のコル(0935)-Dガリー取付き(1136)-2933m下降点(1349)-八本歯のコル(1356)-ボーコン沢の頭(1504)-TS(1533)

2/10 アタック

TS(0234)-ボーコン沢の頭(0312)-八本歯のコル(0425)-下降点(0434)-Dガリー大滝とりつき(0459-0524)-第4尾根取付き(1045)-登攀開始(1104)-マッチ箱懸垂下降(1702)-城塞ハング取付き(1753)-終了点(1929-1943)-一般道合流(2134)-北岳山頂(2147)-八本歯のコル(2227)-ボーコン沢の頭(2341)-TS(2419)

2/11 下山

TS(1032)-城峰(1049)-池山御池避難小屋(1120)-あるき沢橋(1243-1427)-奈良田駐車場(1509)

装備

ダブルロープ(50m×2),キャメロット(#0.3~3×2),トライカム(0.5,1,1.5,2),ナッツ小×1,イボイノシシ×2,アルパインヌンチャク適量,ヌンチャク数本,ハーケン,捨て縄,土嚢袋,アバランチギア,etc

普段の冬期登攀でアックスはクオークまたはノミックを使用しますが今回は軽量化という意味合いで1本はクオーク,1本はペツルの軽量アックスであるガリーを持っていきました.登攀自体にはそれほど問題なく使用することができました.今後もエリアによってはひとつの選択肢になりそうです.

詳細

背景

 はじめて北岳に行ったのは2019年8月のことだった.山に魅了されてから1か月後で,2回目の日本アルプス,初めてのテント泊登山だった.その時は北岳バットレスという岩壁があることすら知らなかった.

肩の小屋のテント場

 それから山岳会に入り岩登りを始めると北岳バットレスに憧れを持つまでには大した時間はかからなかった.念願の岩壁を登ったのは2021年10月のことだ.それから無雪期の白峰三山縦走,年越し白峰三山縦走,2回目の北岳バットレスなど北岳には幾度となく足を運んだ.そんな中,厳冬期の北岳バットレス登攀に興味を持つのはごく自然な現象であった.

 冬のバットレスの話が最初に上がったのは2023年でクライミング仲間とであったが,このときは自然消滅的に話が流れた.翌2024年の2月には計画も立てたが悪天候のため断念.その後,怪我による強制シーズンオフ.復帰後はThe Noseやフリークライミングなどの蠱惑的なアクティビティに専念することになるが,依然冬のバットレスへの憧れは続いていた.そんなふつふつとした思いを抱えたままシーズンイン,ふと去年バットレス敗退していた男がいたな?と思い出し声をかけると二つ返事で快諾してくれ今回の山行が決定した.その男こそが「相棒の人」ことたごさくだ.

岩場では何回かあっているが実際に冬山に一緒に行くのは初めて.1月に前哨戦というべく錫杖岳へ2人でクライミングに行ったときに確かな手ごたえを感じた.

 日程としては錫杖から2週間あけた土日で建国記念の日を有休でつないだ2月8日から11日の4日間とした.予備日を1日入れることで登頂率を高める作戦だ.だが2月に入ってから天気予報を見るとどうやら天気が怪しい.ウェザーニュースのタイトルを拝借すると「今シーズン最強寒波が襲来 大雪に厳重警戒」とのことだ.天気図を見ると冬型の気圧配置が1週間ほどにわたって続いている.南アルプスにある北岳は冬型でも晴天率は高いが,さすがにこの予報では少なからず荒れるだろう.大雪となった場合にバットレスのある北岳東面は雪崩の巣ともなるのでこの時点で計画の断念も検討したが,幸い9日ごろからは冬型は緩む予報であったのでとりあえず現地までは行ってみることにした.

ウェザーニュース(https://weathernews.jp/s/topics/202502/040025/)より引用

 そんなこんなであふれ出る期待感といくばくかの不安を抱えたまま迎えた今回の山行であった.

2/8 入山

 無雪期はバスで広河原まで行ける北岳であるが,冬期になると当然バスは動いていなく歩いてアプローチすることになる.距離は短いが帰りに鷲ノ住の猛烈な登り返しのある夜叉神峠経由か,傾斜はないが延々と続く奈良田経由かだ.どちらも歩いたことがあるが,体感的にはそれほど変わらない.今回は荷物も多いのでアップダウンの少ない奈良田からの入山とした.

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 4時に集合すると駐車場に他に車はいなかった.諸々準備をしていざ出発しようとザックを持ち上げると

「ぶちっ」

という嫌な音がした.ザックを見ると右肩のスタビライザーが切れていた.5年ほど使っているこのザックだがところどころ穴も開いているし,バックルも割れているのも知っているが何もこんな時に壊れなくても...何とか応急処置をして出発.ザックの重さをはかると26㎏だった.

 たごさく提案の秘密兵器を駆使してコースタイムの6割ほどの時間であるき沢橋に到着する.奈良田からの道は所々雪が積もっていて,1週間前の記録では雪のなかったあるき沢橋でもうっすらと積もっていた.

 出だしの急登を終え,尾根にあがるとそこからは緩やかな登り調子がずっと続く.池山小屋を越えたあたりから雪が徐々に増えてきて脛くらい.さらに緩やかな登りを終えると城峰までの急登.登山口からはすでに6時間ほどたっている.池山吊尾根は2回目だが,やはりこの尾根長い...たごさくは何と池山吊尾根は4回目の挑戦ということで早く卒業したいと嘆いている.アタックのことを考えると初日になるべく標高を上げておきたかったが,2500mを過ぎたあたりで私が力尽きた.「100mくらいならあんまり変わらない.その分明日早起きしよう!」などと甘えたことを抜かして結局2540m付近で幕営した.雪の舞う中,サラサラの新雪を1時間ほどかけて整地しテントを立てた.結局この日は誰にも会うことはなかった.

 テントの中で翌日の作戦を練る.本来ならば入山日に壁の偵察も行いたかったがその時間はない.加えて体力的には9日でもよさそうだが,いかんせん寒気がはいってきていて寒い.最強寒波は伊達ではないようだ.より条件のよい10日にアタックとし,9日は偵察およびトレース付けを行うことにした.

 少しでも軽量化を心がけたこの山行では二人とも珍しくお酒を持ってきていなかったので,たごさくシェフ作のパスタを食べて早々に寝ることにした.

2/9 偵察&トレース付け

 10時間超睡眠で5時に起き準備を始める.そんなに寝られるか?と思ったが起きたときにはまだ寝足りないくらいだった.朝食のカレーメシを食べているときに外で足音がした.恥ずかしいことに心の中では「よっしゃートレース期待!」という弱い自分が喜んでいる.

 テントの外に出ると薄明るくなるくらいで「明日はこのくらいの時間に取付きたいねー」と二人で話しながら出発.期待した通りトレースはあった.それも結構しっかりついている.厳冬期といえど北岳は人気の山なんだ.

 ボーコン沢の頭まで標高差は300m.トレースもあることを考えるとそんなに時間はかからないはず.かからないはずなのになぜかペースが上がらない.原因の一つとして考えられたのが水分不足だ.いつもはたっぷりとお茶を飲んで行動開始するのに今回は食事分しか水分をとっていない.これはいかん.アタック日は注意しなければ,とか考えながらボーコン沢の頭に上がると体を持っていかれるほどの強風.緩んでいくとは言えまだ冬型の気圧配置真っただ中なことを思い出した.

 北岳のモルゲンロートを眺めながら八本歯のコルを目指して歩き出す.目の前に見えるバットレスは白と黒のコントラストが美しく威風堂々という言葉がふさわしい.ボーコン沢の頭から八本歯のコルまではアップダウンがあり思いのほか遠いが気持ちのいい稜線歩きだ.バットレスには思った以上に雪がついている.これは大変な山行になりそうだ.

 Dガリー取付きまでのアプローチを確認しながら1時間ほど歩くと,八本歯の頭まで50mほどの登り返しがある.この登り返しをみて「登り返ししなくてもトラバースしてアプローチできるんじゃね?」という邪念がよぎった.結局トラバース先の沢が思った以上に傾斜が強く,事前に予習していた通り八本歯のコルから下降することにした.やっぱり横着はいかんなーと反省.

 八本歯のコルからはもちろんノートレース.締まりのない雪がたっぷりと乗った尾根を100mほど下降してから想像していたより大きい小尾根を2つ越えていく.ここのルートファインディングが思いのほか難しい.小尾根にあがるときは万歳ラッセル.だが雪は安定しており懸念していた雪崩のリスクはそこまで高くなさそうだ.遠くから見ると危なそうに見えた下部岩壁までのトラバースは傾斜はなく安心して通過することができた.

八本歯のコルからの下り

 ウインタークライミングの定番トポである冬期クライミング(白山書房)には第4尾根までのアプローチに関しては「Dガリー側からだと横断バンドが悪く,ここで思わぬ苦戦と時間のロスをしてしまうことになる.」とありBガリーからのアプローチを推奨している.当初は素直にBガリーからのアプローチを考えていたが,①雪が深くラッセルに時間がかかること,②たごさくが無雪期に横断バンドを経験済みであること,③Dガリーが完全に雪に埋まっておりノーロープで通過できそうであったこと,などから最終的にDガリーからアプローチすることにした.

正面がDガリー.雪で埋もれている.
土嚢袋に入れてギアをデポ.

 翌日の負荷を考えロープギア諸々をデポし帰路に就く.八本歯のコルからの小尾根を越えるトラバースが思った以上に悪かったため,帰りは沢をつめ八本歯よりも50mほど上の稜線まで上がることにした.雪の状態がよければ登り返しがあるがこちらのアプローチの方がわかりやすい.見晴らしのいい尾根を2時間ほどラッセルし一般道へ.この間キジを1羽仕留めた.テントまでだらだらあるき明るいうちに帰幕.パスタとソーセージでおなかを満たし日も落ちる前に就寝した.結局この日は1日ピーカンだった.夕方になると冬型も緩み風も若干弱まっていた.いよいよ明日だ.やるぞ!

帰りのラッセル

2/10 アタック

 1時起床しゆっくりと準備を始める.前日の反省を生かしてたっぷりと水分をとってから行動開始.明るくなりだす6時過ぎにはトレースをつけたDガリー大滝の取付きまでたどり着くのが目標だ.ギアやロープをデポしただけあって荷物が軽い.前日よりもはやいペースで八本歯のコルを越えて下降点までたどり着く.前日同様に雪のコンディションはよさそうで2900m付近から小尾根を下り途中から沢筋に入る.小尾根末端をトラバースし五尾根支稜末端のデポ地へまだ暗いうちにたどり着いた.

下部岩壁

 第4尾根までのアプローチは前日の作戦通りDガリー大滝を選択した.無雪期にはDガリー大滝と呼ばれるルンゼは,雪のたっぷりとついたこの時期は大滝とは名ばかりで出だしに一瞬ベルグラがあるだけで基本的には雪のたっぷりとついた雪壁登りになる.横断バンドの高さまで100mほど高度を上げたところでアックスとスノーバーで支点を作りロープを出すことにした.

1P目 横断バンド フォロー

 悪いと噂の横断バンドだ.ラインを知っているたごさくがリード.10mほど雪壁をトラバースしてからクライミングダウン気味に被った岩の下をトラバースする.雪がたっぷりとついているおかげでおそらく普段よりはコンディションはいいのだろうが雪の締まりはいまいちで,かつプロテクションをとるには逐一雪壁を崩さなくてはいけないのでリードは大変そうだ.フォローでも途中の雪壁を2mくらいクライムダウンする所は緊張した.最後の被った岩で逆コの字状になった部分はハイハイで通過.Cガリー側に出たところの灌木で1ピッチ目終了.

横断バンド
2P目 草付き帯? リード

 2ピッチ目は直上するラインとCガリー側に少しでるラインが選択できたが後者を選択した.草付きのはずだが基本的に雪壁のラッセル.40mほどロープを伸ばしピッチを切った.ここから第4尾根取付きまで無限万歳ラッセル地獄が始まったのだった.

草付き帯と思いきやずっと雪壁
3P目 草付き帯~ヒドゥンスラブ コンテ

 3ピッチ目として最初の5mくらいはスタカットで登っていたが延々と雪壁ラッセルなので早々にコンテに切り替えて進む.トップは万歳ラッセル,何故かセカンドも万歳ラッセル.ラッセルでの敗退も頭をよぎりながらも無心で2時間ほど進んでいくとリッジに上がれそうなところがあった.どうやらここがヒドゥンスラブらしいが大量の雪でわずかに面影を残すのみ.

 トップのたごさくが先に稜上に上がり「4尾根の取付きっぽいです!」との声.「っぽい」ってなんだよ!と内心思いながら自分も続くと,それもそのはず出だしのクラックは完全に雪で埋もれて見る影もなかった.たしかに取付きっぽいな.Cガリー側は日陰で震えながらのラッセルだったが,稜上に上がると太陽の恩恵を受けられる.これだよこれ!

第4尾根主稜

 取付きについたのが10時45分で時間的にはだいぶ押している.一応敗退も一考しておいたが,この日は一日天気が良いことがわかっている.元気もまだまだある.それに何より目指していた4尾根を目の前にして引き返すわけにはいかねえ!と,やや攻め気味ではあるが十分冷静に状況判断をできていたと思う.スコップで掘り起こしたクラックに設置したカムと埋めたアックスでビレイ点を作成して登攀の準備を始める.

4P目 凹角のクラック~スラブ フォロー

 覚悟を決めていよいよ第4尾根に取付く.無雪期はひとつの核心である出だしのクラックは一見完全に埋まっているが雪の締まりはいまいちでリードのたごさくは結局クラックを掘り出して登っていた.乗越にはRCCボルトが打ってあるがここがいやらしい.その後もサラサラ雪が乗った悪いスラブを10mくらい登ると今度は再びラッセルが始まる.50mいっぱいロープを伸ばして灌木でピッチを切る.

 4尾根自体はトポだと全8ピッチ.このピッチの攻略に思いにほか時間がかかってしまいフォローの自分がビレイ点についた時には2時間弱が経過していた.このペースで登っていると明るいうちのトップアウトは難しいように思われた.夜間登攀を含めた長時間行動やビバークも視野に入れて先に進むか,あるいは敗退するか再び考えるタイミングがやってきたのだ.決断するならおそらくこれが最後のチャンスだろう.とはいえここまで来てしまったら敗退するのも容易ではない.そんな感じで作戦会議を行ったところ二人の意見は一致していて前進することを選択した.確証があったわけではない,でも覚悟はあった.

 下山したいま振り返ってもこのときの判断は難しい.前進が無謀で危険極まりない選択かというと必ずしもそうではないと思うし,一方で勇気ある敗退も十分に選択しえたと思う.でも,冷静ではあったがつもりだが,このときの判断に確証バイアスがなかったかといえば嘘になるだろう.それでも無事に帰ってこられた今だからこそ言えるが,これこそがアルパインクライミングの挑戦性や冒険性なのかもしれない.

5P目 雪壁~白い岩のクラック リード

 閑話休題.ルートの話に戻る.

 続く2P目は雪の被ったハイマツ帯をぐいぐいと登ると,雪もつかない強傾斜のピラミッドフェースの頭の基部に出る.さすがにここを登ることはできないのでトポにあるように右側から登ることにした.

一見雪壁だが,その実は白い岩のクラックと呼ばれる70度ほどの岩壁だ.アックスを振ると岩にはじかれるため,逐一雪を落としてホールドを探しながら丁寧に登るので時間がかかる.時にはベルグラともいえないような岩にへばりついた雪にアイゼンを置くデリケートな登攀になり緊張する.でも,これこそが冬壁の醍醐味だ.

カム,トライカム,ナッツ,イボイノシシ,残置などありとあらゆる手段でプロテクションをとりながらじわりじわりと登っていくと,すぐそこにリッジが見える.どうやらトポでいう3ピッチ目の終了点のようだ.ロープの長さ的にはリッジの終了点まで届きそうだがギアを使い切り玉切れとなったため掘り起こしたクラックにカムをきめピッチを切った.

6P目 雪壁~リッジ フォロー

 リッジまでの短い雪壁をラッセルし簡単な岩登りでリッジに出る.少し進むとすぐに第2コルに到着し残置ハーケンでピッチを切る.このピッチは簡単.

7P目 小垂壁~マッチ箱 フォロー

 無雪期の核心部である小垂壁は6割ほどが雪で埋まっており抜け口までは手が届くくらいの高さしかない.本来は自分がリードのピッチであったが,寒さにやられていた自分は「元気ある?」とパートナーに聞き,あろうことかリードを譲ってしまった!!本当に恥ずかしいし悔しい.いつの日かこの弱い心を克服できるようになりたい.寒さ対策や行動中の補給についても反省すべき点がありそうだ.

快くリードを引き受けてくれた元気モリモリのたごさくは登攀の準備をしていざ登りだそうとするが小垂壁はアックスのかかり所がないようでなかなか離陸ができない.最終的に右側から雪の斜面を巻いて登っていった.30mほどでマッチ箱の上にたどり着くのだがなかなかコールがない.しばらくして

「支点がみつからない!」

との声.アックスとスノーバーで作った支点でビレイをしてもらいフォローもマッチ箱まで行くと確かに雪が多すぎて支点がどこにあるかが全くわからない.当初の予定では夏の支点を掘り起こして懸垂する予定だったのに...「どうしよう?」と二人の間で沈黙が走る.

とはいえ全く想定していなかったわけではなく,敗退用に持ってきた土嚢袋と捨て縄を使って懸垂下降をすることにした.雪をつめた土嚢袋を50cmほど埋めこれでもかというくらい踏み固めた.

最初におりるのは自分.バックアップをスノーバーでとるがこれもまあまあ心もとない.1本はアンザイレンしたままにして,いざというときは反対側に飛び降りてもらうように伝え下降をはじめると予想に反し安定しており全く不安は感じなかった.たごさくも無事に下りてきていよいよ第4尾根攻略は目前に迫っていた.

8P目 雪壁 コンテ

 城塞ハングまでの2ピッチは雪の付き方が甘いと悪そうなスラブだが幸いにもたっぷりと雪がついておりマッチ箱を背中にコンテニュアスで登りだした.

 問題なさそうな雪壁に見えたが,ここで一つの問題が発生.昼くらいから我慢していた雉をついに撃ち落としたくなったのだ.もうどうしようもなく,ラッセルをしているパートナーに一声かけ,こちらは軽量化作業に取り掛かった.しっかりと足場を作っていたとはいえ今回の山行を通して一番危険だったのはこの瞬間かもしれない.いや,本当に.

9P目 城塞ハング フォロー

 2ピッチ分をコンテニュアスのラッセルで登りいよいよ城塞ハングの取付きに到着.時間は黄昏時.せめて暗くなる前にリードだけでもトップアウトしようということで先についていたたごさくがそのままリード.ここも挑戦するべきだったなと若干の後悔が残る.

 城塞ハングはグレードとしてはⅣ+で内面登攀であり比較的登りやすいイメージだった.たしかに出だしはスムーズに登っていった.だが途中からロープがでなくなった.時折,うめき声がして大量の雪が落ちてくる.1時間半ほどかかっただろうか.辺りはすでに真っ暗だ.パートナーの咆哮が聞こえロープアップが始まる.

 内心「何にそんなに手こずったのか?」と疑問だったが登ってみると早々に理解した.チムニーの抜け口には2mほどの雪がたまっており,割れ目に挟まりながらこれと格闘していたのだ.リードが除雪してくれたホールドを使いながら乗越を越え安定した雪の斜面に顔を出すと,そこには何かを成し遂げた男が佇んでいた.心の底から称賛した.

2025年2月10日19時29分 厳冬期 北岳バットレス第4尾根主稜 完登

デプロ―チ

 4尾根は無事登り終えたが悦びは束の間.我々には無事に帰るという最大のミッションが残っている.それにはここからもうひと仕事ふた仕事やらなければならない.

 最後の雪壁は夜になり気温も下がったせいか雪は締まっており雪崩のリスクは低そうだ.というもののここまで来たらある程度リスクをとっても進むしかないのだが...半ば予想はしていたがここでも延々とラッセルで身も心も削られる.結局稜線の一般道に出るまでは2時間ほどかかった.今回の山行では終始ラッセルをしていた.万歳万歳いいながら.

 稜線に出たところで達成感と安心感とが混みあがってきてお互いに抱きしめあい喜びを分かち合った.時間も遅かったので山頂まで行くかは悩んだが,せっかくなのでと山頂まで行くと10分程度で着いたので行っておいてよかった.同じアルパインクライミングでも山頂を踏むかどうかはそれなりに差がある.

 山頂からテント場まではしっかりと踏み跡の付いた一般道だが疲労困憊の体にはきついものがあった.安全第一でゆっくりと下山し帰幕したときには24時を少し回っていた.途中ヘッデンが切れたり,吹雪いたり,テントについたらパートナーの凍傷が発覚したりなど最後まで一筋縄ではなかったがそこは割愛.

2/11 下山

 最終日は下山のみなので明るくなってもまだシュラフの中にいた.前夜は最低限の水しか作らなかったので水づくりをして朝食を食べてでゆっくり目に下山開始.上りではあんなに長かった池山吊尾根も下りだとなんとあっと言う間か.自分はノンストップであるき沢橋まで下りたが,1時間ほど待ってもパートナーが降りてこない.「え?どうした?」と不安になり10分ほど登り返して様子を見に行ったところ,靴擦れができたとのことでゆっくり降りてきていた.とにかく無事でよかった.帰りの道路も秘密兵器を使って45分ほどで駐車場に到着し無事下山完了.帰りに奈良田温泉に入って帰路についた.

総括

 何はともあれ憧れのルートである厳冬期の北岳バットレスを登ることができて本当に良かった.今シーズンはあまり冬山に入れていないこともありとにかく体力的に大変だった.クライミング的な難しさはおそらく錫杖などクライミング主体のルートの方が上なはずだが,プロテクションや雪の処理など総じるとこちらの方がはるかに難しかった.もちろん山の規模の違いというのも大きいだろう.普段通っている錫杖はあくまでもゲレンデ的な要素が強く,一方で今回の山行はまさにアルパインクライミングといった感じで非常に充実した.総括としてはこのくらいにしておくが最後に今後のために良かった点と反省点をまとめておく.

良かった点
  • 何はともあれ完登できた.
  • クライミング自体は比較的安定していた.
  • アンカー構築,土嚢袋懸垂
  • 事前の計画,特にギア
  • 化繊パーカーをこまめに着脱していた.
  • 化繊パーカーに加えダウンも持って行った.
  • オーバーグローブの上にオーバーミトンを着用する防寒対策.
  • 靴下2枚履きで防寒対策.
  • 要所要所でパートナーとコミュニケーションが取れていた.
  • 行動時間の見通しはおおよそ当たっていた.
  • 行動食としてのジェルは有効だった.
  • 登山用ハーネス,ガリーでも問題なし.
  • セームタオル◎
反省点
  • 偵察日朝の水分摂取不足.
  • 登攀中の行動食摂取タイミング.後半はシャリバテしていた.
  • 前進・敗退の判断は妥当だったか.
  • 事前のトレーニング不足.クライミングだけでなくやはり登山も必要.
  • ラッセルもっと頑張らなきゃ.
  • アタック日は結果として天気が崩れた.天気の読みの甘さ.
  • ヘッデンは予備電池だけでなく本体の予備もあった方がよい.
  • ガリーでも問題ないが軽いので打ち込みが大変.
  • リードを譲らないくらい心技体いずれも強くなろう.

コメント

  1. 石橋聡 より:

    素晴らしい山行記録を読ませていただき、ありがとうございました!。タゴさんの一日も早い回復をお祈りしております。お二人ともお疲れさまでした!

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