錫杖岳といえば登山対象としての認知度は低いですが,知る人ぞ知るロッククライミングのルートが沢山ある人気のエリアです.左方カンテ,1ルンゼなど入門的なアルパインクライミングが楽しめるルートはシーズンになると多くの人で賑わいます.
一方で錫杖岳には入門ルートだけではなく,しっかりとトレーニングをしたや一部のエキスパートしか受け付けない厳しいルートもたくさんあります.
今回はそんな中でもしっかりとしたフリークライミングが楽しめる深夜特急を紹介していきます.
- 圧倒的な迫力をもつ白壁の側面の弱点を突いて登る
- 既存ルートの5ピッチにオリジナル2ピッチを加えた全7ピッチ,最高ピッチグレード5.11dの内容の濃いルート
- ほとんどのピッチをナチュラルプロテクションで登ることができる
- 核心ピッチはショートルートとしても四つ星の内容
目次
錫杖岳
錫杖岳は日本百名山のひとつである笠ヶ岳の南に延びる稜線に位置する標高2168mの山です.一般的な登山道はなく,登山者にとってはあまり馴染みのない山かもしれません.しかし,錫杖岳には前衛フェイスをはじめとした巨大な岩壁がありクライマーにとっては本格的なロッククライミングが楽しめる山になります.

左方カンテや1ルンゼなど入門的な立ち位置にあるルートは人気がありシーズンになると渋滞ができるほど賑わいます.
- 左方カンテ
- 1ルンゼ
- 3ルンゼ
- 注文の多い料理店
しかし,錫杖岳にはこれらの入門的なルートだけではなくデシマルグレードがつくような中難度や高難度のルートも多く存在しており,フリークライミングで修練したクライマーの挑戦の場という側面も持っています.
深夜特急
錫杖岳の中でも多くのクライミングルートが集まる前衛壁は1~3のルンゼに分けられた4つのピークからなりますが,その中でも花形というべき岩壁が超人気ルートである左方カンテや注文の多い料理店,日本屈指の難易度を誇るラ・カンパネラ,そして今回紹介する深夜特急などが拓かれているP1です.

深夜特急が開拓されたのは2012年と比較的最近のことです.このルートの特筆すべきところはやはり錫杖で最も目を引く壁である白壁を登るラインだという点です.また5.11dの核心ピッチを含めたほとんどのピッチをナチュラルプロテクションで登ることができ,終了点は前衛壁の頂上という絶品ルートです.おなじようなグレード帯の黄道光と比べると核心ピッチこそグレードは高いですが,全体を通すとこちらの方が登りやすいような印象を受けます.
アプローチ
深夜特急の取付きは錫思杖戯と言われるルートと共通です.新穂高にある槍見館脇からクリヤ沢の登山道を登り錫杖沢出合まで1時間半ほど登ります.そこからさらに1時間ほど錫杖沢を登ると前衛フェイスの基部に到着します.錫思杖戯の取付きは左方カンテから50mほど右側にある左上する凹角になります.
装備
筆者たちが深夜特急を登るのに使用した装備を紹介します.
- 60mシングルロープ
- 60mダブルロープ
- アルパインヌンチャク 120cm 4本,60cm 6本
- キャメロット #0.3, 0.4, 0.5, 0.75, 1, 2, 3×2セット
- ナッツ 1セット
- 個人登攀具(ハーネス,ヘルメット,クライミングシューズ,確保器,,)
- 捨て縄(敗退用)
深夜特急は多少の屈曲はありますがシングルロープでも登攀可能です.下降時には60mのシングルロープであれば回数は増えますが懸垂下降で降りることはできると思います.ですが効率はあまりよくないのでバックロープないしはダブルロープで行くのをおすすめします.
プロテクションは6ピッチ目を除いて基本的にはナチュラルプロテクションとなります.核心部となる5ピッチ目の出だしは閉じぎみのシンクラックなので小さいサイズのナッツがあると心強いです.
ルート紹介
ここからは深夜特急のルート内容を紹介していきます.全7ピッチで構成されており,出だし3ピッチは錫思杖戯,中間2ピッチがオリジナル,最後の2ピッチがはLittle Wingと継続していき前衛壁の頂上を目指していきます.頂上まで抜けない場合には最終ピッチは割愛して6ピッチ目の終了点から往路を懸垂下降するのがいいでしょう.
1P目 5.8(錫思杖戯)
1P目は錫思杖戯の1P目を登ります.左上する凹角を豊富なホールドを使ってぐいぐいと高度を上げていきます.プロテクションも良好です.
30mほど登ると整備されたハンガーボルトの終了点があるのでこのテラスでピッチを切ります.なお60mロープであれば2P目とリンクすることもできます.

2P目 5.8(錫思杖戯)
2P目はテラスからワイドクラックを登り左上にある松の木の生えたテラスを目指します.このピッチもやさしくぐいぐい登っていけます.

3P目 5.8(錫思杖戯)
3P目はミサイル?発射台?と呼ばれる怪しげなフレークの上に立ち,そこから弱点を突きながら節理の乏しいフェイスを登っていきます.終了点は上部に見えている箱型ハングと呼ばれるハングの右側の凹角になるので上部でやや左にトラバースしていきます.

このピッチはクライミング自体は易しいですが,節理が乏しくプロテクションがとりにくいので少し緊張します.残置のハーケンはところどころにありますが,小さめのカムやナッツがあるとさらに安心です.
4P目 5.11a(オリジナル)
ここまでは比較的簡単なクライミングが続きましたが,この4P目からがいよいよ深夜特急のハイライトとなります.

箱型ハング右のテラスから上部を見上げると左側にシンクラック,右側にスクイーズチムニーが見えており4P目はこの嘘みたいに細いシンクラックを登っていきます.なおこの右のスクイーズチムニーは1ルンゼ左と呼ばれるルートで冬季クライミングとしてとても人気のルートになっています.

一見5.11aには見えませんが,少し登るとカンテに出ることができその先はクラックも広がってくるので思いのほか登りやすいと思います.クラックが閉じる前にしっかりとプロテクションの固め取りをしてカンテに乗り移りましょう.
上部のフィンガークラック先の乗越の部分が少しホールドが遠く頭を使います.ここを越えればあとは傾斜の落ちた快適なハンドサイズのコーナークラックを登り広いテラスまで30mほどロープを伸ばします.
5P目 5.11d(オリジナル)
いよいよ核心の5P目です.白壁の端にある前傾したコーナークラックで,このピッチはショートルートとしても四つ星を付けたいくらい素晴らしく,地上にあれば行列のできる人気ルートになること間違いなしです.深夜特急はマルチですがこのピッチを登るために来るようなルートです.

出だしは白壁側のホールドを使って高度を上げ,ステミングで落ち着いたところで極細クラックにナッツをセットします.#0.1サイズのマイクロカムも併せて固め取りをしてムーブを起こします.場合によっては一度クライムダウンをしてもいいでしょう.
勇気を出してもう一段階体をあげるとようやくクラックが広がってくれて安定できるプロテクションをセットできます.そのあとも苦しいステミング,絶妙に甘いフィンガークラックなどを経由して高度を上げていきます.

上部になるとハンドジャムも決まるようになり,左右の壁にもつかるホールドが出てきますが,一層傾斜は強くなり非常にストレニュアスです.
あまり休むことができないレストポイントをはさんで傾斜が落ちる面に乗越すとようやく呼吸を整えられるようになりますが,ここからも意外と長さがあります.下からは見えなかった部分を慎重に登りLittle Wingの三角テラスに上がると終了です.
6P目 5.10c(Little Wing)
6P目は2007年に石際淳らによって開拓されたLittle Wingを登ります.Little Wingは1ルンゼをベースとしたマルチピッチでこちらも前衛壁の頂上まで登ることができる興味深いルートです.

このピッチは深夜特急の中で唯一ボルトがでてくるピッチですが,後半部分はナチュラルプロテクションとなっています.高度感のあるフェイスを少し不安になるカットアンカーをプロテクションに登った後に右上するクラックを登ります.

最後はアルパインチックな緩傾斜帯を登りブッシュに入ると灌木でピッチを切ることができます.
7P目 5.6(Little Wing)
最終ピッチを登ると前衛壁の頂上にぬけることができます.ブッシュを抜けたあとに易しいクライミングですがあまりすっきりしなく,6P目までで十分に充実するのでこのピッチは登らずに下降する人も多そうです.
まとめ
錫杖岳の濃厚マルチピッチである深夜特急について紹介してきました.ナチュラルプロテクション中心で,前衛壁の頂上までぬけることができる好ルートです.
核心ピッチは5.11dとやや難しめですが,ルート全体としては案外登りやすいのでおすすめできる1本です!!


コメント