The game of death/豊田【山行記録】|2026年1月31日

フリークライミング

 この5年間は山やクライミングに多くの時間を捧げてきた.そのおかげで色んな所へ行き,色んな経験をし,そして色んな人に出会った.だがそんな時間が永遠に続くはずもない.人をとりまく環境は刻一刻と変化していき,色んなものとの距離の取り方が難しくなってくる.もちろん山もその中に含まれる.それでも食らいついてきて者だけだこの世界に残っていく.

 2025年の冬シーズンは自分にとって特別なものだった.環境が大きく変わりこれまでできていたことができなくなる.そんな気配がしている.それでもクライマーであることをやめたくない.そんな思いを抱いている最中にこのルートと出会った.

The game of death (g/三段)

 東海エリアには案外と岩場が充実しているが,ボルダーの課題数という点においては豊田は随一だ.豊田市郊外にある里山に広い範囲で花崗岩のボルダーが散在している.易しいものから難しいものまで,クラシカルなものから新しいものまで課題に困ることはなく,チッピングという愚かな行為がこの地の悲しき特徴のひとつだったとしても足を運ぶクライマーは少なくない.

 The game of deathはそんな豊田の中では口を避けても人気課題とは言えない.また三段というグレードも気軽に取付く心理を阻むものになっているだろう.それに下地もけっして良好とは言えない.

The Game of Death

 ルートの内容を言葉少なく端的に表現するのであれば『どっかぶりのクラック』だ.傾斜は135度ほどだろうか,もしかしたらもう少しあるかもしれない.前傾壁にクラックが一筋通っている.中間部からは広がるが,出だしは見事なフィンガークラックだ.とはいえこの課題をジャミングで登るようなクラック変態愛好家は希少で,多くのまともな人間はレイバックで登っている.

概要

 この課題に通ったのは全部で6日間で最初の1日は偵察のみ行った.その翌々日に初めてこの課題をさわったが4月も後半でさすがにシーズンアウトしており染み出しのため雰囲気だけ味わって次シーズンの課題候補となった.来る2025年冬シーズンに本格的に通いだしトライ合計5日目に完登できた.

 完登した1月31日を除いては1日2-3時間程度のトライだった.というのもこの課題は指への負荷が強くトライを重ねると指が腫れてきて最終的にはクラックの中に指が入らなくなるからだ.

日程 2023年2月25日午後,3月6日午前,2025年12月30日

  • 2025年4月18日/天気:晴れ 偵察 パートナー:なし
  • 2025年4月20日/天気:晴れ パートナー:なし
  • 2025年11月8日/天気:晴れ パートナー:なし
  • 2026年1月18日/天気:晴れ パートナー:現地クライマー
  • 2026年1月25日/天気:晴れ パートナー:現地クライマー
  • 2026年1月31日/天気:晴れ パートナー:K氏,現地クライマー

 当初はひとりで黙々と通う予定であったが,トライをはじめて3日目に岩場で同じ課題に打ち込む同志と知り合いそこからは完登するまで3週連続岩場で顔を合わせていた.最終日のトライではリップでのフォールもあり自身のマットだけでは到底足りなかったのでこの出会いは僥倖ともいえるものだった.

詳細

 この課題の存在を知ったのは2025年の春のことだ.

 そもそも豊田のボルダーは一般的に出回っている情報が少なく,申し訳程度のトポの他にはかろうじて『豊田の岩場』というHPに断片的な情報が載っているだけだ.コミュニティに属していなければ目当ての岩にたどり着くことさえ困難だ.

 そんなわけだから豊田で登るには能動的な情報収集が肝となるのだが,その日は何気なくHP『豊田の岩場』を眺めていた.すると豊田では三段を意味する”g”というグレードがついているクラックの課題を見つけた.それがThe game of deathだった.

HP『豊田の岩場』より引用

 見た目は単純なクラックなのに”g”がついているのには何かある!と気になりさらに情報を集めるとどうやらとてつもなく前傾しているらしいということがわかった.これはクラック愛好者としては置いてはおけないとすぐに行動に移した.

巡り合い,そして種まき day0&1

 幸いなことに豊田の岩場は生活圏内からわりかし近い.仕事終わりに偵察にいくことにした.とはいっても正確な場所はわからない.自分が持っている情報は大まかなエリアとたった30文字の説明文だけだ.

 だがこの2つは強力だった.説明文の通りに進み,ちょっとだけ散策しただけで30分もしないうちに目的の岩を見つけることができた.そして一目見た瞬間に”g”がつけられている理由を理解した.

クラックはしっかりとつながっている

 4月と言えども18時を過ぎると山の中は薄暗くなってくる.辺りが暗くなったからか,あるいはこの岩に圧倒されたからかはわからないが,少しだけ心細くなって岩場を後にした.到底自分には登れる代物ではない気がした.

 それでも人間(あるいは自分だけ?)というのは結構シンプルにできているようだ.風呂に入って飯を食って寝て起きる,そんなことを2回も繰り返すと心細さなんて忘れてしまい,あの岩を触ってみたい気持ちの方が強くなる.そんなわけで翌々日には再び岩場を訪れThe game of deathを見上げていた.やはり被っている.

けっこうかぶっている

 三段なんてグレードは自分にとって未知の世界だ.もしかしたら登れる可能性がないかもしれない.この日の自分のミッションはその可能性を探ることだ.おそらく多くの人がやっているような真っ向勝負のレイバックでは地力不足で登れまい.可能性があるとしたらジャミングだ.だがそもそもクラックがジャミングできるようなものでなければその可能性も潰えてしまう.そんなことを考えながらすっと割れ目に手を入れる.そう!手が入ったのだ!

出だしはフィンガーサイズ

 出だしのは3-4mくらいはフィンガーサイズ.フレアしていたり,浅かったりする箇所もあるがオフセットしておりジャミングがききそうな所もいくつか見つけることができた.その上は触ることはできないがクラックは広がり見るからにハンドジャムがききそうだ.染み出しもあり一つのムーブも起こせなかったが,一筋のクラックの中にいくつかの点を見つけることができた.この点を繋いでいけばいつの日かこの岩の上に立ち上がることができるかもしれない.そんな期待を抱きながらしばしの別れを告げることにした. 

2025年冬シーズンイン(?) day2

 春には小川山最難の1本である流れ星を登り,夏にはスコ―ミッシュでたくさんのクラックを触った.秋には名張に通いついに5.12を手中に収めた.そんな風に例年と比べてもクラックに費やす時間が多かった.そして富士山も冠雪を観測され,豊田でも長そでが欲しくなる季節になった.少し早いかもしれないが,そろそろ頃合いだろう.満を持してGAMEロックを再訪することにした.

 2025年の冬シーズンは自分にとっては特別なものだった.いつもは11月の中旬ともなると冬山に通いだす.だが2月に負った凍傷に加えて,取り巻く環境が大きく変わりつつあるこの冬はそれがなかなかできない.物理的な距離が心理的な距離になることは目に見えていたので近場で通いやすいエリアにいくつかの目標を見繕った.The game of deathはその急先鋒だった.

 7か月ぶりにGAMEロックを訪れるとやはりそこには誰もいなかった.春には露骨に染み出していたが今回は見た目にはわからない.とりあえず指を入れてみるとクラックの奥に若干の湿度を感じるがコンディションはまずまずといったところでトライには影響なさそうだ.そもそもまだコンディションを気にする段階じゃない.

 ルーチン化しつつあるアップを終えて,まずは離陸の確認をする.この課題SDスタートだが厳密にはスタートホールドは決まっていない.本来はお尻をつけたところからスタートしたいが,それはなかなか現実的ではない.ウェブザベーションしてもみんな膝立ちでのスタートとしているので不本意だが自分のそのくらいのポジションからスタートすることにする.そうするとかろうじてシンハンドが決まるのでなんとか離陸はできそうになる.

 だが問題はこの次だ.そこからはフィンガーサイズだが,フレアしていてどれも甘い.とてもこの傾斜では耐えられなさそうだ.もう少し上のギリギリ届くあたりによくきく箇所があるがそこまではかなり遠い.スタートから勢いをつければ届くかもしれないがなかなか難しい.ここのムーブは要検討だ.

 とれない一手目はさておき,取れたとしてそのあとをバラしてみる.このフィンガーはかなりききが良いので痛みさえ耐えれば体はいったん落ち着く.なんとなく目指すべきホールドはわかるのだが動けない.次のホールドは地上からは届かないので,ポジションに入っては降り,入っては降りをただひたすら繰り返す.

 2-3時間トライをしていると指が限界を迎えたのでこの日は店じまいすることにした.ちなみにこの時期はこの課題のほかに俊トラも宿題だったので午後からは大田エリアに移動して俊トラに打ち込んだ.この日は惜しいところまでいったが,ゴール前のガバが取れずに敗退.後日,無事完登.

日進月歩 day3-4

 前回のトライからだいぶ間があいた.シーズンこそは変わっていないが,2か月ほどたっており年もまたいでいる.1月には珍しく暖かい日に再訪した.

 岩場に着いてみると,2人組の先行者がいた.自分も混ぜてもらいトライを重ねるが,ボルダー界隈ではクラック愛好者は肩身が狭い.

 それでもトライを重ねていくと,体が慣れたのか,季節が進んでフリクションが良くなったのか前回動けなかったところから次の一手を出すことができた.さらにその次の一手も出せるようになったが,今度は#0.3サイズのフィンガージャムのきめどころが分からず跳ね返された.その後は同じ高度まで到達することはできず,ジャムがききそうなポイントを下から見上げていうちに指に限界が来た.

 翌週もまた岩場に訪れた.しっかりと復習してきた甲斐があって前回の高度まではすぐに到達した.そして繰り返し手を出すうちに次のジャムのきめ方もわかった.甘いがこれまで積み上げてきたもので十分対応できるレベルだ.わかってしまえば再現性は高く,思考はその次一手の解読に向かう.もう少しでハンドジャムが決まりそうなんだ.

この右手がテクニカル

 何回かやっているとふとデッドで送った左手がシンハンドクラックをとらえた!この機を逃してなるものかと慎重に右手を出すとそこはもうハンドクラック!,,,のはずだったが現実はそう甘くはない.クラックに手が入りかけた瞬間,クラックの中から5cm大の(小?)石が降ってきた.びっくりして思わずフォール.

 考えてみれば当然だ.いったいこれまで何人の人間がこの割れ目に手を入れたのだろうか.それを考えてすらいなかった自分が情けない.でもそれと同時に完登の可能性が見えてきて思わずはにかんでいた.

 そうなると問題はスタートだ.実はこれまで中間部をやってはいたがスタートに関しては全く前進していない.上と下が完全に分断されたままだったのだ.可能性が見いだせた上部は一旦置いておき下部を探ることにした.

 スタートのジャムはまずまずよく,離陸した勢いでムーブ自体は起こすことができる.だがいかんせん一手目が遠い.おまけにギリギリ指が入るサイズでジャミングをきめるには何回かしゃくって指をねじ込まなければならない.惜しいところまでいっても触れるだけで跳ね返される.そんなトライが何回か続いた.

 そんな試行錯誤を繰り返しているうちに何気なく左手にまいたテーピングの上からジャミンググローブをつけてトライをしてみた.何か意図があったわけではない.すると左手のジャミングのききが急によくなって,これまでダイナミックにしか出せなかった右手をスタティックに出すことができた.

一手目がなかなか厳しい

 結局,この日はすでに指が腫れてきていてムーブ自体は繋がらなかった.でも確かな手ごたえを感じていた.間違いなく大きな前進だ.でもそれと同時に心に一つだけしこりが残る.これって自分のスタイル的に許容されるのか?というしこりが.

The end of the game day5

 前週に続いて寒い日だった.前日の金曜日の朝には東海エリアでも雪が降り,駐車場にもうっすらと雪が残っていた.もしかしたら染み出しがあるのでは?という不安を抱えながら歩きだすが,岩場につくとそんなものは一掃された.濡れてもいないし,染み出してもいない.湿度すら感じさせない抜群のコンディションであった.

 まずはいつもの通りルーチンと化したアップを済ませて,先週感じた手ごたえが偽りではないことを確認する.テーピングの上からジャミンググローブを装着したエイド紛いの左手を割れ目に入れめいっぱい膨らませてムーブを起こすと,これまで4日間トライして1回もできなかった一手目がすんなりととれてしまった.偽りではなかったようだ.

 一方で「とれてしまった!?」という動揺がないわけではない.そんな気持ちを落ち着かせて粛々と次のムーブへとつなげる.この一手が取れてしまえばあとは再現性が高い.何度も反復してきた中間部をこなし,もう一つの宿題であったシンハンド取りへと移る.「えい!」とだした手が止まった!慎重に次の右手を出すとそこは誰もが認めるガバハンドであった.

 ここからは未知の領域だ.なんとなく次のホールドの目星はついているが思ったよりも遠く,覚悟ができずもじもじしているうちに右手のジャミンググローブのバンドが外れてグローブがずれてきてしまった.疲労も溜まってきたので無理をせずいったん降りることにした.もちろん悔しい気持ちもあるが,それよりも完登が見えてきた嬉しさの方が勝っていた.

 レストをはさんで次のトライ.このトライも惜しかった.リップに手を伸ばしたがそこにあるはずのものを捉えきれずに力尽きて撤退.そして3トライ目,ついにリップ奥のガバを捉えた.だが未知の領域に踏み込むのは心も体も消耗するようだ.岩の冷たさもありマントルを返す力が残っていなくこのトライも撤退.

 完登はすぐそこに見えているはずなのに,見えている距離と実際の距離はこんなにも違うのか.この頃になると一時は目の前に見えていたはずの完登が虚像に思えてならなかった.惜しいトライになればなるほど体力も削られてきて暗雲が立ち込めてきたのを感じていた.

 実は先ほどのフォールはかなりきわどかった.落ちたところはマットのブランクだった.この課題はおおむね下地はいいが,リップ周辺で落ちる箇所は木が生えていてマットが敷くことができないのだ.だがスポットのおかげでマットの上に倒れることができ事なきをえた.最初にも書いたようにこの課題は比較的マイナーな課題だ.一人でいってたまたま他にも人がいたなんてシチュエーションはそうそう期待できない.そういう意味でもこの機会を逃すと完登は遠のいてしまうかもしれない.

分岐点目印の石仏

 ラッキーは何度も続かないだろう.次またリップで落ちると今後は怪我してしまうかもしれない.あぁ恐ろしい.そんなことに思考を巡らせながらおにぎりを頬張るが,本当は自分の中ではもう決まっている.これまで重ねてきたトライのおかげで未知の領域は完全になくなった.すべてを理解した.あとは自分にそれを登り切る実力があるかどうかだ.トライをしないという選択肢はなかった.

 そしてその時が来た.死のゲームが終わる時が.

The Game of Death g 三段 豊田 梟城址

 スタート含め前半部分ではもう落ちない.ガバハンドのレストを終えてからは手数を減らしてスピーディーに動くように心がけた.リップをとって足を切る直前に甘いハンドで申し訳程度のレストをする.大丈夫だ,余力は残っている.最後の力を振り絞り右手でひきつける.安全地帯からは完全に抜け出した.自然と声がでる.右足が空を蹴るが関係ない.全身をつかって無我夢中でもがきつづけた.もがいてもがいてもがき続けていると急に体が軽くなる.空中に放り出されていた右足も左足に追いつき二本の足で岩の上に立つことができた.

総括

 2026年の抱負として『クライマーであり続ける』ことを挙げた.それがどういうことなのかよくわかってはいないが,とりあえず今のところはまだクライマーであり続けることができている気がする.

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