アメリカ合衆国にありトラッドクライミングの聖地とされるヨセミテ国立公園.その象徴ともいえるエルキャピタンは高低差約1000mあり花崗岩としては世界最大の一枚岩だ.2023年にはじめてヨセミテを訪れた際にその圧倒的なまでの巨大さに言葉を失い,「いつかこの壁を登りたい」そう願った.その夢は思いのほか早くかなうことになった.これは「The Nose」の登攀記録である.
目次
day2までのまとめ
day2までは大きなトラブルはないものの暑さと乾燥と壁の威圧感にやられて予定通りの行程は進めず,元々2泊3日を予定していた行程を3泊4日に変更しCAMPⅣで2日目の夜を迎えた.それでも懸念事項であった渋滞もなく,一歩一歩ではあるが着実に進んできており完登の可能性が見えてきた.
day0からday2までの記録は下記リンクをご参照され!この記事は「The Nose」の登攀記録のその後編にあたる.
概要
行程
2024年10月4日~8日
10月4日 day0 0-4P目の登攀およびルート工作,荷揚げ10月5日 day1 1-12P目の登攀,El Cap Tower泊10月6日 day2 13-18P目の登攀,18P目のルート工作,CAMPⅣ泊- 10月7日 day3 19-24P目の登攀,24P目のルート工作,CAMPⅥ泊
- 10月8日 day4 25-28P目の登攀,East Ledge経由での下山
コースタイム ※〇P目は登攀開始した時刻
10/7
起床(0600)-18P目j(0659)-19P目(0730)-20P目(0918)-21P目(1024)-22P目(1142)-23P目(1308)-CAMPⅥ(1454)-24P目(?)-fix完了(1822)
10/8
起床(0600)-24P目j(0652)-25P目(0733)-26P目(0840)-27P目(1025)-28P目(1123)-summit(1204)-下山開始(1322)-懸垂下降点(1446)-駐車場(1538)
詳細
10月7日 day3 19-24P目の登攀,24P目のルート工作,CAMPⅥ泊
壁で迎える2回目の朝.この日は1つ目の核心グレートルーフがある.日本でみた動画ではルーフ下のクラックをカムフックを交互に使い越えていた.みていて手に汗を握るような登攀であった.果たして抜けられるのか?目指すはCAMPⅥ,でもCAMPⅤまででも完登の可能性は十分にある!
18ピッチ目 ユマール
昨日のフィクスをユマール.パートナーに先に行ってもらい,地味に大変なホールバックのパッキングを済ませてからテラスからロワーアウトでユマール.
19ピッチ目 5.13d or C2F リード Great Roof
さぁ,いよいよグレートルーフだ!!
と意気込んでみたものの,実はグレートルーフに入るまでも長くて大変.マイクロやらオフセットやらナッツやら.ルーフに入るくらいで後ろからやってきたワンデイパーティに追いつかれた.朝4時に出て4時間ほどでここまで来たようだ.それでも「今日は調子わるいわー」と地獄のミサワみたいなことを言っていた.上裸で音楽ガンガンに流して「ひゃっはー」言っている.ノーズは10回目のベテランだ.

C2Fの「F」は残置がなくては厳しいという意味らしいが自分たちのトポにはFの記載はない.ルーフに入る直前は残置のナッツがあったが,入ってからの残置ナッツはワイヤーが切れていてげんなり.下向きクラックに決めたキャメロット0.2番とハイブリッドエイリアン青緑に交互にアブミをかけて進んでいく.ハイブリッドエイリアンは日本ではほとんど流通していなく今回,運よくメルカリで買うことができたが大活躍だ.フォローのためにカムはバッククリーンしていく.「めっちゃ怖い!」とワンデイのアメリカ人に言うと「それよ!!でも君はいいペースだ!僕は最初のときは2時間彼を待たせたよ!」と励ましてくれる.孤独なはずの登攀中も誰かがいるとこんなにも心強いのか.ループ出口のハーケンに支点を取り一安心.3mほどフリーでトラバースして終了点へ.ワンデイ君は終了点にフィックスしたその足でパンケーキフレークをビレイヤーもなしにサクサク登っていった.フォローはロワーアウト1回とフリーで.順調だ!

20ピッチ目 5.11c or C1+ フォロー Pancake Flake
パンケーキフレーク.その名の通りパンケーキほどの厚さのフレークを登る.ワンデイの彼はフリーでサクサク進んでいたがさすがにそうは問屋が卸さない.エイドで,でも着実に進んでいく.途中でカムの1番を落とすというハプニングもあったがここまでくれば残りのカムでなんとかなるはず,,!!

21ピッチ目 5.11c or C1+ リード
名前はないが地味にC1+がついているピッチ.カムはよく効くが凹角で登りにくい.そして何よりクラックがションベン臭い.途中で2番のワイヤーが切れていることに気がつく.今回のノーズで2,3,4番のULが揃ってワイヤーが切れた.やっぱ軽さは何かを犠牲にしているのか.CAMPⅤを超え,一つ上のテラスでピッチをきる.炎天下.


22ピッチ目 5.12d or C2 フォロー Glowering Spot
本日2つ目の核心,Glowering Spot.今回核心というべきピッチのほとんどでリードをやらせてもらっているが唯一このピッチだけはパートナーにお願いしてあった.ふと次のピッチを見るとコーナーがあるが下部は草が詰まっている...やばすぎ..と思ったらその左の壁にほっそいクラックが走っている.これか!!核心がテラスに近くビレイも緊張する.ナイスなリードで悪い部分をこえコーナーへ.ユマールしながら見るとシンクラックにところどころピトンスカーがあるかんじ.炎天下.


23ピッチ目 5.11a or C1 フォロー
引き続きパートナーのリード.太陽はサンサン.ここだけイレギュラーでパートナーの連続リードで慣れないせいでマイトラを忘れていった.グリグリ&アッセンダーで荷揚げしていたがだいぶきつそうだった.ホールバックの面倒をみおわったあとは素早くユマールして最後は荷揚げを交代.臭いと噂のCAMPⅥに到着.この日はとてもスムーズ.

CAMPⅥには5mほどの深さの5-6番サイズのクラックが空いていた奥を覗いてみると,,,恐怖そのもの.自分はまだ余裕があったがリードの多かったパートナーは完全にやられている.大便をすると熱が逃げるはず!とかおかしなことを言っている.自分も便乗.目の前はルート最大の核心チェンジングコーナーだ.世界一贅沢なトイレタイム.

24ピッチ目 5.14a or C2 リード Changing Corner fix
時間にも体力にも余裕があったのでこの日中にチェンジングコーナーにfixすることにした.例のごとく夕方涼しくなってからトライすることに.持っている間にまたしてもワンデイパーティがやってきた.聞くと彼らは初めてのノーズらしい.ザイオンでビッグウォールの経験はあるらしいが初ノーズがワンデイって,,,.言うだけあって30分くらいでチェンジングコーナーを抜けていった.ちなみに自分は1時間30分.彼らがノーズで最後にあったクライマーだった.

チェンジングコーナーの出だしはやさしいがプロテクションいまいち.チェンジ前のコーナーはサイズは0.5〜4番くらいまでで悪くないが傾斜が強い.クラックが閉じるあたりで残置スリングにアブミをかけて1つ目のボルトにクリップ.もう一段あがり2つ目もクリップ.その上もボルトはあるが移れそうだったので隣のコーナーへ.チェンジング部分にはホールドは何にもない(ように見える).テンションを入れてひと休みしたあといよいよ核心へ.0.1/0.2のオフセットと0.1のカムを決め体を上げる.残置ナッツが1つ.その上のナッツは例のごとくワイヤーが切れている.そのあとも0.1、0.1/0.2を使いつつ,遠いところでブラスナッツ4番.これは決まった.さらにオフセットナッツ.テスティングも問題なく決まったと思い荷重をかけてアブミ操作をしているとふいにナッツが抜けた.3mくらいコーナーにすられながらフォール.ブラスナッツにロープ,0.1/0.2にもう一方のアブミからのセルフが取れていて止まった.
仕切り直し.さっきのナッツを決めていたところに0.1を決めるためギリギリ決まる.その後も0.1、0.1/0.2と交互に決めていきじわりじわりの登っていく.移ってから5mほどで0.3が決まるようになり一安心.結局カムだけでいけるんかい!あとは0.75、1.0の快適エイド.終了点につくと開放感と達成感とその他なんやらでさすがに吠える.これで完登がほぼ見えたんじゃないか!?

プロテクションを回収しつつCAMPⅥまで懸垂下降.パートナーはご飯の支度.テラスはやっぱり臭いけど,やり遂げた感とヨセミテバレーの美しい夕焼けの前では気にならない,,.気にならない,,.気にしない,,.
CAMPⅥは広いけどやっぱり外傾しててちょうど頭のあたりに件のクラックが来る.夜はなかなか寝付けなくて空ばかり眺めていた.日が変わるぐらいにようやく眠りに落ちることができた.成功しても失敗しても残すところはあと1日.頑張ろう!


10月8日 day4 25-28P目の登攀,East Ledge経由での下山
いよいよ最後の1日.核心は声あとは4ピッチだけ.それでもここは地上800mの壁の中,何があるかはわからない.パートナーとは「最後まで油断しないように」を合言葉に動き出す.
24ピッチ目 ユマール
朝起きてチェンジングコーナーをユマールで抜ける.傾斜も強く途中は完全に空中.30分くらいで次のピッチの準備へ.いやほんと昨日登っておいてよかったよ.
25ピッチ目 5.10d or C1 フォロー
チェンジングコーナーの終了点はハンギングビレイ.チェンジングしたクラックと元のコーナーが合流するライン.朝イチだが慎重にかつ着実に進んでいく.

26ピッチ目 5.10d or C2 リード Wild Stance
いよいよ最後のC2ピッチ.でもグレートルーフを超え,チェンジングコーナーを超えた今,怖いものはない.体力も回復してるしまだ涼しくコンディションもよい.

出だしから被っているがカムはよく効くので問題なし.ところどころでフリーを交える余裕もある.調子よくスムーズに進んでいくといよいよC2セクション.トポからイメージしているほどルーフではない.フリーでも5.10dだからスタンスもあるし,ホールドもある.カムに関してはたしかにピトンスカーだけれども0.1とか0.2とかふざけたサイズではなくむしろ心地よい.オフセットカムをしっかりと決めアブミに体重をかける.とはいえ落ちれば下の岩に激突するのでバッククリーンはできずにカムを残しながら進んでいく.

ルーフ部分を抜けwild stansでセルフを取るともうすぐそこにはノーズの頂上が見えている.溢れ出てくるものを堪えながら荷揚げを開始する.ルーフ部分を苦しいユマールとフリーで抜けてきてくれたフォローを迎え入れ次のピッチの準備をする.残すところあと2ピッチ!!もう完登の可能性は99%だが最後まで気は抜かない.ここは地上800mの壁の中,何だって起こり得る.

27ピッチ目 5.10c or C1 フォロー
前半はきれいなクラック.後半はハングしたボルトエイドで最大傾斜135度くらい?クラックに入るまでが大変そうだが一手一手着実に進んでいく.終了点はハングを越えた先でハンギング.なんか中途半端.


28ピッチ目 ボルトラダー リード
居心地の悪いハンギングなので荷物はそのまま右に繋がっていくボルトラダーを進む.ハングしたのトラバースを終えたところで上にあがりあとは簡単なフリー.一応ボルトがあるけどカムを1セット持っていってよかった.カムがないと結構なランナウト.


やさしいスラブを駆け上がり岩に打ってあるボルトを無視して少し先の松の木でビレイ.荷揚げはハングとか岩角に引っかかって思いの外苦労したけどこれまで経験してきたテクを駆使して攻略していく.荷揚げが終わるくらいでフォローが姿を現す.まだ終了点についてもいないのに叫んでいる.同じようにスラブを駆け上がり松の木にタッチしてThe Nose完登!!


,,,と思ったらゴールの松の木をもう少し上がったところだったみたいで少しだけフライング.パートナーがロープを引いて正真正銘ゴールの松の木へ.自分もホールバックを面倒見ながらゴールの木にタッチ.今度こそ本当のノーズ完登!!!!
終盤ずっとうるうるしてたから涙出るかと思ったけど,なんか変にタイミングを逃してしまい最後はふたりとも笑顔のゴールだった.

下降
水飲んだり荷物を整理してもまだ明るかったので予定通りイーストレッジから下降。水の残りは1ガロンだけで概ね想定通り.creekbedからmansanita forestに入るところのルートファインディングが難しくて変な道に入ったけどなんやかんやで下降点まで到着.フィックスロープで4-5回の懸垂をしてあとは明瞭な踏み跡を駐車場まで下降.ピックアップに来てくれた友人にからお祝いの声,そして二言目は「痩せたね〜」だった.それだけ頑張ったんだよ!!



エルキャプメドウで写真を撮ってヨセミテロッジでジュースを買ってキャンプ4で乾杯!

ちなみにEast Ledgeを下降している途中で雲行きが怪しくなり懸垂下降中くらいから雨が降ってきていた.結果的には1-2時間降ってやんだけどこれが壁の中だったら多分敗退していただろうなーと,そういう意味では奇跡としか言えないようなタイミングだった.
総括
何はともあれ登れてよかった.書きたいことは山ほど歩ければ少しだけ総括としてまとめてみる.今後「The Nose」を目指す人の何かしらの参考になれば幸いに思う.
準備・トレーニングについて
準備をする段階で日本で思いつく限りのトレーニングはしてきたけど,二人ともビッグウォールは初めてで右も左もわからないような状況だった.数少ない情報と試行錯誤で準備を進めていった.準備不足だった点も,逆にあまり意味がなかった点もあったかもしれない.何をやったかについては別の記事にまとめる.
How to Climb bigwallにはノーズを登る前にⅤ級のルートを何本か登るように書いてあるければ,確かにノーズは長大なルートだし核心もC2ながら5.14aと厳しい.本来ならば他のルートから登るべきだけれど日本人にとってはノーズはビッグウォールの中では情報が多い方なので最初に選ぶ選択としては間違っていないかもしれない.
トレーニングをしていて悩ましかったのは自分たちの立ち位置がわからないという点だった.ノーズ完登の記録はWeb上にいくつかあるもののどのくらいトレーニングをしたのかがわからなかった.たくさんしているのかもしれないし,元々実力のある人たちがそこまでしていないのかもしれない.あとは敗退の記録はほとんどなかったので,自分たちがどんな要因で敗退しうるのかがイメージしにくかった.
行程について
実際に登ってみるとかなりギリギリだと思う.とても運がよかった.技術的な面はトレーニングの甲斐もあってあまり問題とはならなかったけれど,精神的にも肉体的にもハードだった.何か一つ,たった一つ歯車がずれるだけで完登はできなかっただろう.特に天候は自分たちの力が及ばないところで敗退の一番大きな要因となると思う.雨でも風でも暑さでも.そういう意味では一般的に言われている完登率5割は妥当なラインだろう.
個人的にはメンタル面でかなり追い込まれた.特に1日目,2日目.山屋というのもあってか常に敗退が頭の中にあった.それでもパートナーが精神的支えとなってくれて無事最後まで登り続けることができた.
本当の総括
さて,総括と言いつつ話が長くなっていたのでそろそろ本当にまとめに入る.
ノーズは確かに魅力的なルートだ.クライマーならこの壁を見て登りたいと思うのが普通だろう.人工登攀で登る分には技術的な難しさはそれほどなく準備さえすれば誰でも登れるのかもしれない.それでもやはり1000mの壁は伊達ではなく,道中は決して快適ではなく,様々なリスクを孕んでいる.だからといって「ノーズはやめておけ」といいたいのではない.苦難を越え,この壁に対峙したときにしか得られない経験がきっとあるはずだ.
おまけ② -今回参考にしたWebサイト-



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