ノーズの登攀記録および実際にやったトレーニングに関しては別の記事にまとめましたのでこの記事では計画や準備について紹介していきます.少し情報が多くなってしまいますが今後ノーズをトライする方の参考となれば幸いです.
時系列
簡単な時系列を述べます.はじめてヨセミテに行ったのが2023年の5月.元々ビッグウォールにはそれほど興味はありませんでしたが,その時にエル・キャピタンをみて「いつかこの壁を登りたい!」という気持ちに駆り立てられました.そこからクライミングに行く事にさりげなく話題に出してみましたが,ノーズに興味はあっても実際にトライを検討している人にはなかなか会えませんでしたが,ヨセミテでたまたまあったI-ROkさんとクライミングに行ったときにビッグウォールにも興味を持っていることを知りました.何回かのクライミングを経て正式にノーズにお誘いすると快諾,それが2023年の10月でした.
そこから準備を開始,オンラインでミーティングをして別記事で紹介しているウェブサイトやHow to Big Wall Climbを参考に装備,トレーニングなどを確認しました.
冬の間は各自情報収集,ユマールのシステム確認,トラッドトレーニングなどを行い本番半年前の5月から顔を合わせてのトレーニングを開始しました.9月頃にルートの詳細やイメージを共有し担当ピッチも決めていきました.旅行の準備に関しては航空券は2月に,その他のことについては9月くらいにかけてに順次決めていきました.そうして本番の10月を迎えました。
装備
ここからは装備について本番の所感も含めて紹介していきます.クライミングギアに関しては英語のサイトですが下記リンクの「Gear Lab」が様々なギアのレビューを詳細に行っており参考になります.特にホールバックやナッツなどは参考にしました.
個人装備
最初に登攀具を中心に個人装備を紹介します.
基本登攀具
ハーネスに関しては筆者は普段使いしているものを持っていきましたが,ノーズではハンギングビレイが多かったり,またビバークするテラスは外形しており寝る時もセルフに荷重をかけたりすることもあります.そのため腰にはかなり負担がかかり筆者はハーネスの当たる部分の皮膚トラブルがありました.通常ハーネスでも行けますがあまり快適ではなく,パートナーはBDのビッグウォールハーネスを使用しておりかなり快適そうでした.
ビレイ時間も長く,またビレイ中に行動食や水分摂取を行うのでビレイデバイスはグリグリなどのロック付き推奨です.ただ敗退時は懸垂下降で敗退しますのでチューブ型も必携です.クライミングシューズは定番のTCプロがおすすめですが,サイズはゆとりのあるものの方がよいでしょう.今回は中盤以降は二人とも足が痛くなりビレイ中はシューズを脱いでいました.
アブミ(エイダ―),アッセンダー,フィフィ
アブミはGear Labでは「Yates Big Wall Ladder」を推奨していますが日本では流通がなく筆者たちはBDの「ステップアップ6ラダー」を使用しました.フリーで登るセクションが多いパーティはもう少しシンプルなものでもよいかもしれません.すれ違った1dayパーティは振り分け式のアブミやスピードエイダ―などを使用していました.またフィフィは人工登攀のスピードを飛躍的に向上させ,筆の負荷を軽減させるので必携でよくトレーニングしておくことを推奨します.
アブミとセットになるのがアッセンダーですが,ペツルのアッセンションのようなハンドル式がよいです.パートナーがday0のアッセンダーを落としマイクロトラクションでユマールをしていましたがかなり大変そうでした.
その他
ギアラックはどのようなタイプでも構いませんが大量のカムを携帯して登るのでマストです.また予備の環付を2枚ほど携帯しておくと様々な場面で役に立ちます.ひざのサポーターはテキサスフレークを登るときに役立ちました.
プロテクション類
続いて共同装備であるプロテクション類の紹介をします.
カム
カムはノーズのトポに書いてある分の量を持っていきました.記録を見るとキャメロット5番をもっていっているものもありますが使える場面は確かにありますが,ないと登れなかったりランナウトしたりするという場面はありませんでした.
また筆者たちは#1~4までULキャメロットを持っていきましたが,#2~4のULで登っているあいだにワイヤーが切れました.フレーク状のクラックも多く,エイドでカムに荷重をかけていくとフレークの縁にあたり通常の使用方法よりも消耗が早いと思われます.軽さと頑丈さはトレードオフとなりますがこの点には注意が必要です.
オフセットカムは,キャメロット1セット,エイリアン1セット持っていきましたが非常に役に立ちました.グレートルーフやチェンジングコーナーを含む多くのC2セクションではこれがないと進めない可能性があります.2セットあると大分余裕があります.キャメロットやマスターカムのオフセットはロストアローで購入できますが,ハイブリットエイリアンは日本では入手困難ですがヨセミテのmountain shopでは普通に売っているので現地調達もありかもしれません.
ナッツ
ナッツはブラスナッツ1セット,BDの通常ナッツ1セット(~#7まで),DMMオフセットナッツ1セット(ピーナッツ&アロイ),ボールナッツ1セット(青,橙,赤)を持っていきましたが通常ナッツは使用しませんでした.ブラスナッツもほとんど使用しませんでしたが,唯一チェンジングコーナーで使用しましたので必携です.オフセットナッツも使用頻度は高くありませんがところどころ使いどころはあるのであった方がよいです.とはいえ基本的にはカム(あるいはカムフック)で登攀可能でした.
カムフック
カムフックも要所要所で使う場面がある必携装備です.日本では入手困難ですので現地調達する必要があります.こちらもチェンジングコーナーやグレートルーフなどC2セクションで役立ちます.
その他登攀具類
プロテクション以外の登攀具を紹介します.
ロープ
筆者たちが持って行ったロープは,①メインロープ(9.4mm60mシングル),②荷揚げ用ロープ(60mセミスタティック),③サブロープ(9.2mm80mシングル)の3本でした.このうち③のサブロープはあくまでもday0のルート工作のためのもので,day1でシックルレッジまでのユマールを終えた後に地上にデポしました.実際の登攀自体には①②で事足りるのですが,ロープが痛んだときや敗退時のことを考えるとサブロープを持っていくパーティもいるようです.ですが60mロープで3-4kgほどあるので悩みどころです.今回は敗退時のために4mm60mの細引きを持っていきいざというときは1本懸垂下降で下降後に細引きでメインロープを回収する作戦にしました.加えて3mm20mの細引きを持っていきましたが,これを使いトラバースなどでホールバックマネジメントを行いました.これは非常に重宝しましたので必携装備かと思います.これがないとトラバースの荷揚げでホールバックが振り子で壁に激突することになります.
ホールバック,スイベル
ホールバックはBDのバフィン145Lを持っていきました.2泊ないしは3泊でノーズに行く場合には水だけで20-30L持っていくことになるのでパッキングの達人でない限り100L越えのホールバックとなるかと思います.そうなると現実的な選択肢としてはバフィンのほかにメトリウスのエルキャプ(157L)かハーフドーム(125L)になりますが価格等も考えバフィンを選択しました.
Gear Labだとメトリウスのホールバックの方が頑丈というレビューですがBDも2023年にホールバックが現行モデルになり素材がより丈夫なTPUとなっています.ヨセミテで登る分には全く問題ないと思いますが,日本の目の粗い花崗岩で高重量荷揚げの練習をしているときに穴が開いてしまいダクトテープ等で補修が必要となりました.
ホールバック装備の一環としてスイベルが必要です.スイベルはロープのキンクを減らしロープ捌きの時間を短縮します.
プープバック
壁の中で排泄した大便は下界に持ち帰る必要があります.ホールバックの中に入れるわけにはいかないので別で容器を用意する必要があります.メトリウス製のしっかりとした製品もありますが自作しているパーティも多いです.筆者たちは最初各所で推奨されている塩ビパイプで作成しましたがかなりゴツく重くなってしまったので100円ショップで手に入る材料で作り直しました.これで十分に異なりましたが,下山時はだいぶにおいが漏れ出ていました.最後は容器ごとゴミ箱にポイです.
ビレイ点関係
ノーズの終了点は各ピッチ毎にハンガーボルトが設置されておりここで支点を構築するためケブラーコードで作成したクアッドアンカーを2セット持っていきました.クアッドアンカーのカラビナにも荷物をかけたりするのでHMS環付で作成するのが良いでしょう.
またロープの整理として60㎝スリングを使用しました.他の記録を見ると袋を持参していたというものもありますが,筆者たちが用意した袋(IKEAのやつ)は思ったよりもかさばったことと袋に入れること自体が慣れなかったので不採用としました.スリングを使ってのロープの振り分けは慣れるとかなり快適でした.
その他,あったら便利なもの
- ガス,ジェットボイル →温かいものは疲れた体にしみた.
- 味噌汁
- マット →落下防止の紐づけ必須.
- スマホリーシュ,トポリーシュ →いつでも扱えてよかった.
- モバイルバッテリー →ノーズは普通に電波がはいる.
- ポカリスエットの粉
- 歯ブラシ,爪切り
- 襟付きロングTシャツ →あまり暑さは気にならず,日光の方がしんどかった.
- 日焼け止め,リップ →マストです.
その他,持って行ったが使わなかったもの
- 雨具 →天候に恵まれた.
- ダウンパンツ →それほど冷えず.
- 自撮り棒 →そんな余裕なし.
- 360度カメラ →そんな余裕なし.
- ペンチ,カム修理キット →そんな余裕なし
- ニット帽 →フード付きダウンでよい
- ソーラーパフ →日が暮れるまで行動するので充電できず
- シュラフカバー →化繊シュラフを持っていきましょう.
食糧計画
装備について紹介してきましたが次は食事について触れていきます.
食事に関しては朝夕食はパーティで共同,行動食に関しては各自で用意としました.
朝夕食
朝食はフルーツグラノーラと粉ミルクに水を加えたものを3日間食べました.600kcalくらい.素早く食べられるものが良いでしょう.夕食はアルファ米+αといった感じで初日はフリーズドライのカレー,2日目はラーメン(アルファ米にぶち込む),3日目はお惣菜(モンベルで買った)でした.だいたい500kcalくらいで温かいものだが心が休まります.朝夕合わせて1000~1200kcalとし残りは行動食で摂取としました.
行動食
行動食に関しては1200-1500kcalくらいを目標にこちらも日本で準備しました.瑞牆でのマルチ継続などで試しながら最終t系なものが下記となります.
- タフグミ100g 319kcal 3.19kcal/g 1袋
- スポーツ羊羹40g 113kcal 2.8kcal/g 2本
- ジェル メダリスト45g 107kcal 2.38kcal/g 2本
- ジェル マグオン41g 120kcal 2.93kcal/g 1本
- ラムネ29g 108kcal 3.72kcal/g
- クリフバー68g 260kcal 3.82kcal/g
- 柿の種30g 136kcal 4.53kcal
- 雪の宿13g 59kcal 4,59kcal.g ×2袋
合計423.4g 1411kcal
味や形態を変え1500kcal程度を用意しました.しかし,ノーズ本番は乾燥でのどが非常に乾いたり,なかなかタイミングがなかったりなどで実際に食べられたのはジェル類を中心に500kcal程度でした.全体を通してかなりのアンダーカロリーですがシャリバテとなることはほとんどありませんでした.ただ下山後は激やせしていました.
水分
水分は元々ひとり当たり1日4L(行動中2.5L,食事等1.5L)を想定していましたが現地で1ガロン(3.78L)のペットボトルを購入しこれを1日分としました.day0,day1はかなり水の消費が多く,Go-Upの際に下から追加でそれぞれ2Lずつ追加しました.その日の行動中の水をフォローのザックに入れ各自500mlのボトルをハーネスにぶら下げて飲むようにしました.また基本は真水を飲んでいましたが適宜ポカリスエットやクエン酸の粉を足して飲むようにしました.1日の後半などは脱水も進みこれがありがたかったです.
登攀戦略
ここからは事前に立てた登攀戦略とその所感を述べていきます.
日程
まず時期ですが気候的には日本と同様に春か秋が好ましいですが春の場合はGW周辺だとエルキャピタン上にはまだ雪が残っておりその雪解け水でエルキャピタンに滝を作ってしまうため遅めの6月あたりが適期となります.秋の場合は10月中旬くらいから快適な気候になりますが,ノーズ自体も肺シーズンであり,また後半になればなるほど降水率も上がってくるため悩ましい所です.筆者たちは3連休と合わせて休みをとれる10月上旬に設定しました.
ノーズ自体は早いパーティで2泊3日(もっと短い人もいますが,,,),通常は3泊4日の行程となります.筆者たちは2泊3日を目指しつつ,3泊4日になる可能性も想定して計画を立てました.この日数に加えて荷揚げのday0,場合によっては下山の日にちが必要なので最低でもノーズトライには5日間程度かかります.これに移動や天気待ちの予備日などを追加して設定する必要があります.
行程
ノーズにはビバークできるテラスがいくつかありますが,主だったものはDolt Tower(9P目終了点),El Cap Tower(12P目終了点),CAMPⅣ(17P目終了点),CAMPⅤ(21P目終了点),CAMPⅥ(23P目終了点)ですが,これらをつなぐ形で行程を考えます.ただしポータレッジを持っていく場合はこの限りではありません.通常は下記の形で設定することが多いです.
2泊3日 El Cap Tower → CAMPⅤ → Summit
3泊4日 Dolt Tower → CAMPⅣ → CAMPⅥ → Summit
ピッチ割り振り
筆者たちはある程度準備をしておくことで完登率があがると考えたため事前にピッチを割り振っておきました.それぞれのやりたいピッチを軸として2泊3日でも,3泊4日でもツルベで登るように割り振りました.ある程度連続で登るケースとツルベのケースがありますが,ツルベで登一番のメリットは「負担を分散できる」ことだと思います.リードとフォローでは荷揚げもありはるかにリードの負荷が大きいです.ツルベでつらかったことのひとつに常にクライミングシューズを履き続けていることがありました.フォローが連続する場合にはアプローチシューズに履き替えられるのでこの点は楽になります.ただ,すれ違ったワンデイのパーティーはすべからくある程度リードを継続しているのでおそらくその方が効率はいいと思われます.
その他ポイント
その他気になったポイントを挙げていきます.
King Swing
リードの振り子については登攀記録にあげていますのでそちらをご参照ください.ここではフォローのロワーアウトについて言及します.
キングスイングではビレイ点同士の水平距離が12mほどあります.そのため60mロープで通常のロワーアウトをしようとするとロープが足りなくなり最後の数mを振られることになります.けっこう危ないです.そのためひと工夫必要です.よくあるのは「サブロープを持って行って斜め懸垂を行う」というものですが筆者たちは持って行きませんでした.上記の事実が渡米2週間ほど前に発覚しほとんど使わないサブロープを持っていくか考えましたが最終的にフォローが「メインロープをほどいてグリグリで1本懸垂をする」という方法をとることで解決しました.
17-18ピッチ目リンク
これはトポにも書いていあますが,17ピッチ目は大きくトラバースするため17P目終了点にあるCAMPⅣに泊まらない場合には17-18ピッチ目の荷揚げをリンクするのが一般的です.17ピッチスタートには大したテラスもなくホールバックをデポするやり方がその場ではわかりませんでした.結果としてはホールバックを固定し,18ピッチ目終了点からフォローが懸垂下降し荷揚げ時にホールバックをリリース,その後ユマールで18ピッチ目終了点まで戻るというやり方でした.
Great Roof
日本で事前に動画を見て予習しましたがそこではカムフックを交互に使ってルーフ部分をクリアしていました.実際はマイクロカムをアンダークラックに決めて突破しました.注意点はルーフ部分に残置ナッツがあるかどうかはわからないという点です.ルーフ入口のナッツは頑丈なのでよほど大丈夫だと思いますが,ルーフ部分の残置ナッツはワイヤーが切れており使い物になりませんでした.残置はあるかもしれませんがはなから期待するのはやめておいた方がいいでしょう.
細引き
トラバース荷揚げ用に持っていきましたが3mm20mで十分用がたりました.
その他
装備,食料,戦略について述べてきましたが最後にその他の点について触れていきます.
航空券
航空券は2月頃に予約しました.ヨセミテに行くにはサンフランシスコ,サンノゼ,フレズノが選択肢ですが,フレズノには日本からの直行便がなく乗り換えが必要です.今回はJAL系列の格安航空会社であるZIPAIRを用いました.日本-サンフランシスコ(あるいはサンノゼ)間では群を抜いて安く片道5万円ほど,荷物のオプションを入れても他会社の半額程度で価格を抑えられます.
宿泊
基本はCAMPⅣになるかと思います.2024年は10月末までは予約が必要で1週間前から予約が可能です.ただ10月中旬くらいからはクライミングのハイシーズンとなりかなり予約が取りにくくなります.
Big Wall Permission
最近からは状況把握のために始まったBig Wall Permissionです.ホテルやキャンプ施設以外で宿泊する場合には事前の申請が必要でビッグウォールもそれに該当します.ただ料金がかかったり,制限がかかったりというたぐいのものではなく用紙1枚提出するだけです.場所がわかりにくいですがCAMPⅣからルキャプメドウ手前のエルキャプ橋を渡ったすぐ右手にあります.day0のその足ですぐに行きましょう.
買い出し
日用品や食料が帰る場所としては,CAMPⅣから歩いて5分のロッジ,20分のビレッジ,車やバスが必要なカリーがあります.いずれも少しずつ品ぞろえが違います.ギアショップはカリーにのみあります.
まとめ
ノーズにトライに向けて準備したことを包括的にまとめてきました.おそらく漏れもあるし,それ必要あったか?ということもあると思います.ノーズトライに関して一番大切なのは(おそらくそれ以外すべての山行,登攀に関してもそうだが),自身でしっかりと情報収集し考え,パートナーとよく相談することかと思います.当記事がそんな情報収集の一端として参考になれば幸いです.
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