”The Progression”と向き合った日々/香落渓の岩場 Sunny Side【山行記録】|2024.9.8-10.26

トラッドクライミング
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 普段は山の記録を残すことはあってもフリークライミングの記録を残すことはないが,このルートに向き合った日々は自分の中で刺激的なものであったので記録として残しておきたいと思った.登ってから4か月ほどたち記憶も薄れてきたこのタイミングでようやく重い腰を上げるに至ったが,当時の記録も見直しながらなるべく生きた文章を書きたい.もしかしたら他の人にとっては面白くもないし,参考にもならないものになるかもしれないがこれをきっかけにこのルートに少しでも魅力を感じてもらえれば冥利に尽きる.

The Progression

 ”The Progression”は限りなく奈良に近い三重の端に位置する香落渓と呼ばれる景勝地にある.一般的に「名張」と呼ばれる岩場だ.この岩場の中でも最難のルートの1本とされておりそのグレードは5.13aだ.ルートについては別記事で紹介しているのでご参照あれ.

The Progression 5.13a

経緯

 名張に関しては自宅から日帰り圏内のエリアということもあり以前から時々は行っていた.とはいえ「ナバラー」と名乗れるほど通っているわけではなく年に数回といった程度だ.そのため難易度の高い課題に集中して打ち込むこともなく,通いなれた花崗岩のグレードと比べると数字1つ違っていた.”The Progression”については「どうやらサニーサイドに5.13aのやばい課題があるようだ」くらいの認識だった.

香落渓

 2024年はイベントの多い1年だった.10月頭にヨセミテ行が控えていたものの,3月に怪我をしたこともあり,5月末に復帰してから1か月くらいは近場で半ばリハビリがてら登ることにした.そこで白羽の矢が立ったのが名張だ.例年なら年に数回程度の名張だが,2024年はこの1か月だけでその数回に達することになった.その後はThe Noseのトレーニングのため甲信地方に通う日々が始まった.

 いつから”The Progression”を目標としだしたのかははっきりと覚えていない.ただ何がきっかけかで意識しだしたかは明確に記憶している.

2023年11月に自分の推しクライマーであり,ひそかに心のライバルとも思っているかっしーがこの課題を登ったのだ.instagramでその報告を見たときに仰天した.5.13aのクラックなんて全くイメージもできない.半年前まで自分と同じような課題を触っていた人間がこんなものを登ってしまうなんて...そこから常に頭の片隅にこの課題があった.とはいえ今の自分には到底届くものではなく目標と語るのもおこがましかった.そのうちに季節は冬になり自分のクライミングはシーズンアウトしていった.

 だがどうやら忘れることはできなかったようだ.近場の岩場ということもあり,The Noseが終わった後にトップロープから初めて1シーズン通してムーブを作っていこうという思いだったのだろう.自身がつけている「2024年冬のやることリスト」のメモには「プログレッシブTR」と書いてある.おそらくこの課題のことだろう.その種まきとしてヨセミテのパートナーと都合があわない9月のある日にサニーサイドを訪れた.まだ残暑厳しくその日の最高気温は33.8度であった.そうして”The Progression”と向き合う日々が始まったのだった.

概要

 トライした期間は2024年9月8日から10月26日の1か月半で,RPまでに要した日数は6日間,トライ数は20トライだ.これまでに登ったトラッドルートの最高グレードが5.12bでこれには3日の日数を要したので今回は日数,便数ともに最多だった.むしろルートの難しさを考えればこのくらいで登り切れてよかった.

日程 2024年9月8日,11日,16日,28日,10月19日,26日

  • 9月8日/天気:晴れ 気温:33.8/22.4℃ パートナー:名張仲間のY氏
  • 9月11日/天気:晴れ 気温:35.0/23.5℃ パートナー:山岳会仲間のK氏
  • 9月16日/天気:曇り 気温:32.8/25.0℃ パートナー:なし
  • 9月28日/天気:晴れ 気温:27.3/22.2℃ パートナー:ジム仲間のT氏
  • 10月19日/天気:曇りのち雨 気温:26.6/17.8℃ パートナー:フリー仲間のK氏
  • 10月26日/天気:曇り 気温:22.0/16.2℃ パートナー:SNS仲間のT氏

 真夏は過ぎたとはいえ残暑厳しい9月で,比較的涼しいサニーサイドでも他のパーティは少なく貸し切りのときもあった.パートナーも見つけるのに苦労し,毎回違う人に付き合ってもらった.一人で行きフィックスを張りムーブづくりを行う日もあった.

詳細

 ここからトライの詳細に入っていくが例のごとくオンサイトトライを狙う人がいるのであれば読まないことを推奨する.またここからの記載に関しては多くの部分を当時の記録を参照している.

9/8 対峙 

 オンサイトトライをする権利はどんなルートにもある.時としてそれがフラッシュトライになる場合もあるが,事前に得た情報と実際では差があり触ってみて初めて分かることも多い.何度も触ってそのルートを知り尽くすトライも楽しいが,初見のトライには得も言われぬ魅力があるのはクライマーなら誰でも知っている.

 自分ははなからその権利を放棄してしまった.この課題に向き合う前からトップロープでトライをはじめることを決めてしまっていた.もちろん自身の最高グレードの遥か上であるこのルートをオンサイト出来るなんて全く思っていない.おそらくどれだけの経験を積んだとしても不可能に近い所業だろう.だが問題なのはそこではない.オンサイト出来るかどうかではなく,オンサイトトライをするかどうかなのだ.ただ恐怖心からかあるいは小癪にも効率なんてものを考えたのか,より深く岩と対話する機会をみすみす逃してしまったのだ.

 そんなわけでサニーサイドの人気ルートであるジュマンジを登り”The Progression”の終了点まで回りこむ.リップの少し上にある立ち木からスリングを延長してトップロープを張る.

 いよいよ”The Progression”と向き合うときが来た.アプローチとされる下部は少し脆さはあるが易しい.15mほど登りテラスに上がってからが本番だ.テラスの少し下からリップまで20mほどクラックがつながっているが核心部と思われる個所は思ったよりも細くいわゆるティップフィンガーだ.所々膨らんでいるところもあるが小指でも第一関節まで入る場所はない.結局初見のトライではムーブを作ることができず全体像を把握するためにカムエイドで核心部を抜けた.上部は遠いところもあるがクラックは指の入るサイズまで広がるので何とかなりそうだ.1トライ目では全く手ごたえなし.

核心部

 2トライ目ではおぼろげながらムーブを作る.どうやら細かいフットワークがカギになりそうだ.あとレストポイントまでの一手はデッドにするしかないのか.日が当たる3トライ目では自力で抜けられず隣のCAT WALKの方に逃げてトップアウト.日が陰ってから出した4トライ目ではムーブは何となくつながりそうだが成功率は20%くらい.この日はトップロープで4便出したが核心部にかかりきりで上部にまで手は回らなかった.

9/11 光明 

 2日目.前回から3日空いたがその間にイメージしたムーブを試す時がきた.だがこの日の1便目ではイメージしたムーブはつながらず.遠い左手を出すときになるいスタンスに置いた右足がどうしても抜けてしまう.この辺で落ちると40m以上出ているロープはそれなりに伸びるので3mくらい下のテラスにギリギリぶつからないくらいまでフォールする.ムーブはつながらないが全体像は見えてきたのでリードトライも視野に入れカムの確認.ヨセミテ用にそろえたオフセットカムの感触がよい.

 2トライ目も同じムーブを試してみるがやはり足が抜ける.ここの成功率が低いなーと思いながら一応テラスまで持ってきたオタキをはいて試してみる.するとさっきまで抜けていた足がこらえきれるではないか!シューズの力はやはり偉大だ.レストポイントへのデッドまでムーブがつながりいよいよバラシが完了した.とはいうものの上部はまだあやふやなのでもう少しトップロープで練る必要がありそうだ.ここまでトップロープで合計6トライ.

 オタキのソールが怪しかったので温存するためにTCプロでトライするとやはりさっきの所で右足が抜けてしまう.ホールドの持ち方なども微調整を入れる.上部は一か所難しい所があるが核心に比べるとだいぶ登りやすい.ただ暑さもあるのかヘロヘロになってワンムーブごとにテンションを入れてしまう.

 この日は9月といえど35度を越える猛暑日.サニーサイドでも暑く,途中気持ち悪くなってしまい熱中症かなとも思った.水分摂取量は3L.でもムーブもだいぶ繋がってきて光明が差した気がした.

Day2終了時の覚書

9/16 逃避、そして身丈

 一度それに気がとられるとなかなか頭から離れない質だ.そんなわけで”The Progression”のことも頭から離れなかった.この三連休はヨセミテ前の大詰めも大詰めで最後の仕上げをして自信をつけて現地に向かおうという大切な休みだった.だがそこから逃げた.正確にいうと天気が怪しかったのもあって,それを言い訳に予定を変更させて三連休最終日だけ逃げた.

 何からの逃避か。おそらくビッグウォールトレーニングからだろう。大好きな瑞牆もノーズのトレーニングばかりで満足に楽しいクライミングができていない。もちろんノーズは登りたい。そのためにトレーニングが必要なのもわかっている。でもだんだんと辛くなってきていた。

 天気も怪しいし突発的だし当然パートナーなんて見つかるわけがない.そんなだから裏から回ってフィックスを張って一人でワークした.

 この日も3トライほどしてムーブを練った.細かい点を修正してカムも微調整していった.おかげでムーブはおおむねかたまり100%とは言わないまでもある程度再現性をもってできるようになった.ただ核心部のカムセットがなんとも難しい.核心部で落ちるとテラスに激突する可能性がありいい加減には決められない.さらにバラシはできていても全体を通すと後半にヨレあがってしまい続かない.中間部のレスト体勢ももう一工夫する必要がある.光明が差したように見えたがまだまだ先は長い.

身丈に合わないグレードってことぐらいわかってる。でもこの課題を登りたいんだ。そのために自分を成長させるしかない。この課題を登れるまでにゴンさん化するしかない。

9/28 覚悟

ついに覚悟を決めた.そんな一日.

 細かいところはまだまだだがムーブはだいぶ煮詰まってきている.少し歩を進めようと2トライ目で疑似リードをした.すると核心部分はノーフォールで抜けることができた.上部では疲れ切った体であと数mmの精度が出せずにフォールしたが手ごたえは感じた.あとは覚悟の問題だ.ムーブ的には行ける気がするが,万が一ここでフォールしてテラスに激突して怪我でもしたら来週からのヨセミテが流れてしまう.ここまでトレーニングしてきたことが水の泡だ.そんなことを悩みながら覚悟を決めパートナーにビレイをお願いする.

 アプローチは結局ロープの流れを気にしてプロテクションは3つだけにした.基本的に落ちることはないが落ちたらただでは済まない.

 テラスでひと休みしていよいよ離陸.トップロープと比べるとロープの重さの分か手がつかれる.もしかしたら下部でプーリー付カラビナを使うのはありかもしれない.あと減量しよう.そんなわけでデッドの前に腕は限界を迎えポジションにうまく入れずフォール.0.2/0.3のオフセットカムで無事に止まった.テラスまではまだ余裕があり一個下のカムでもテラスへの激突は避けられそうだ.

 ロープにぶら下がったまま一息ついてもう一度.今度はレストポイントまでたどり着いた.リードでもムーブができないわけではなさそうだ.負荷とメンタルの問題.その後は集中力も切れた上に疲れもあって酷い有様.上部核心を抜けられずジュマンジまでトラバースして終了点前回り込んだ.テラスまで降りて再度トップロープでやると今後は上部核心はすんなり抜けることができた.

 ムーブは煮詰まった.あとは負荷と精度とそしてメンタルの問題。とはいえリードもそれなりに?安全にできることがわかったのは大きな収穫だ.

10/19 時満

 前日は雨,この日も昼から雨の予定.岩は濡れている可能性はあるしそもそも半日しか登れない.そんなコンディションではあるがヨセミテ帰りの体は”The Progression”を求めていた.前回のトライからは少し間が空いたし,何よりもThe Noseのトライを経て体の組成が大きく変わっていた.筋肉も脂肪も落ちていた.でもヨセミテでもEl Capitanの壁の中でもイメージトレーニングをしていたかいもあってか体は覚えていた.

 上部のクラックは濡れていたがルート全体を通すとうす被りなのもあってか乾いている.2トライほどして感覚を研ぎ澄ましたところで疑似リード.するとなんとノーテンションで抜けることができた.

ついにここまで来てしまった!!あとはリードするしかないのか!!

ただこの日は雨も降ってきてもう1便トップロープで登っておしまい.そういえばこの日トップロープを張りにいったらCAT WALKとThe Progressionの終了点にボルトが打たれていた.これまでは木からスリングを垂らして残置カラビナがつけてあった.ボルト打つ必要あるのかな?と思ったけど,誰かがこうやって整備してくれるから回っているんだと考えを改めた.

10/26 完登

 前回,疑似リードでノーテンで登れてしまったのでもうリードをするしか選択肢はなかった.1週間の間にイメージトレーニングも繰り返して準備はできているはずなのに,いざリードとなると足がすくむ.とりあえずいつものようにジュマンジでアップ.でもいつもとは違いトップロープはかけずに降りてくる.そしていよいよリードトライ.前回よりもはるかに緊張する.

 テラスまでは新規追加したプーリー付きカラビナを惜しみなく使いプロテクション4つ.テラスで息を整えるが緊張からか「おえっ」とえずいてしまう.呼吸を整えついに覚悟を決めた.いざ参る.

 出だしはスムーズだが,トーテム黒のセットからペースがおかしい.その後の観音開きでも手こずり,0.2/0.3をセットすることにはよれきっていた.セット&クリップを同じ手ですることができずいつもとは逆の右手でクリップ.デッド体勢に入る頃には腕の張りを感じていた.ガバまで届くもその後がうまく出せずモジモジしているうちにフォール.フォールは1mくらいでやはり0.2/0.3がとめてくれた.次の便に疲れを残さないように逐一テンションを入れつつトップアウト.思ったより時間かかるかもな?と思いつつ,そういえば前回も1便目はデッド取ったあとに落ちたな.もしかしたらアップ不足かもしれないと次にそなえる.さすがにアップは十分.

 ビレイを挟みつつ1時間ほどで2nd try.幸いなことに腕の張りはない.先程のトライを踏まえてどれだけ省エネでデッドまで行くかを考えた.やはり0.2/0.3はくわえた方がよさそうだ.

 先程より気が楽とはいえやはりテラスではえずいてしまう.少し長めのレストを挟んで,しっかりとチョークアップして離陸.0.2/0.3は口にくわえた.デッド体勢に入るが腕はさっきより楽だ.デッドでガバを取ってからはとにかく吠える.一瞬足が雑になったが丁寧にいつもの位置に戻し体を上げガバに立ち込んだ.ここまでつながった.あとは慎重に行くだけだ.レイバックゾーンは疲労は溜まりつつもスムーズにこなし身体を返し最後のレストポイント.ずっといても仕方がないのである程度回復したら登りだす.疲労感と相談しトーテム青は想定から変更して下からセット.ハンドジャムを決めたあとも消耗する前にムーブを出す.遠い核心は少し甘かったが,声を出し身体を引き付ける.上でカムを取るプランもあったがそこそこの疲労感もあり省略してランナウトで進む.最後のピンチガバをとり安定したテラスにあがると終了点にクリップ前だが自然と声が出る.やったぞ!

完登時に使用したカム

総括

 この課題に向き合った日々は刺激的だったが,実は今振り返ると少しだけ後悔がある.それは先にも述べたが最初からトップロープでトライしてしまったことだ.この素晴らしいルートをただ登るという目的のために機械的に取り組んでしまった.本来はオンサイトトライ(あるいはフラッシュトライ)やグラウンドアップでのトライをできないようなルートはまだトライするべき時期にないのかもしれない.

 とはいえスマートとは程遠いが登れたことは素直にうれしい.その名の通り自分を「進歩・前進」させてくれる素晴らしいルートだった.リードトライをするにあたってイメージトレーニングを繰り返し頭の中では100回くらい登っていると思う.これだけ向き合うとさすがに愛着も湧いてきてトライを終える寂しさもある.だが止まってはいられない.新たな目標へ向かって”Progression”し続けるクライマーでありたい.

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