The Progression 5.13a|名張 Sunny Side~進歩と前進~

トラッドクライミング
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 人は「進歩」するものであり,それに向かって「前進」するものである.時として何かが大きなきっかけとなる.このルートはそのきっかけとなりうるルートだ.

 「The Progression」は柱状節理の美しい香落渓に存在する.名張を,あるいは日本を代表するルートになるポテンシャルを内包している.その一筋のクラックを見たならばきっとこの課題と向き合う日々を選択することになるだろう.

柱状節理の景勝地 香落谷

 三重県名張市に香落渓と言われる観光名所がある.名張川の支流である青蓮寺川に沿う香落渓には溶血凝灰岩の柱状節理が約8㎞にわたって続いており見ごたえがある.この一帯は春は山吹やつつじが咲き誇り,秋には山全体が紅葉で覆われる景勝地だ.

香落渓の岩場 屏風岩

 今から40年以上前,日本ではまだ5.12台が登られていなかったそんな頃に,関西のクライマーたちはこの香落渓の柱状節理に目を付けた.最初に見つけた人はその可能性にさぞ感動したことだろう.通称「名張」と呼ばれるこの岩場には40mを越えるスケールのクラックを筆頭に数多のクラックが存在している.そうして名張の開拓は始まり,現在に至ってもなお続々と新ルートが生み出されている.

香落渓

トラッドクライミングの聖地-名張 最難の1本

 香落渓の岩場には「いかさま師」あるいは「勝負師」と呼ばれるルートがある.名張を代表するルートでありこの地で登るクライマーにとって目標となる高難度ルートだ.名張が開拓されてから長い間最高難度のルートとされていたが,2013年にグレードの上ではこの「いかさま師」をはるかに凌ぐルートが誕生した.

 「The Progression」はSunny Sideと呼ばれるエリアにある.名張には珍しく垂直を少し超えた傾斜の壁にあり,これまた名張には少数派であるフェーシングクラックだ.一方で名張らしさもありルート長は30m,最後はテラスに立って終了となる.核心部は指も入らぬシンクラックで初登時のグレードは5.12d/13aだ.その後10年間で決して多くはない再登を経て最新のトポでは5.13aとされている.

The Progression 5.13a

 厳密にいうと名張最難のルートは同じくSunny Sideにある「むらまさ(5.13b)」になるが,この「The Progression」も最難ルートの1本といっても差し支えないだろう.国内のトラッドルートで5.13を越える難易度のルートは少なく,その多くは城ヶ崎にあるルーフクラックであったり,あるいはフェイスムーブで登る花崗岩のルートであったりする.垂壁近い傾斜での純粋なクラックとしてこのグレードは極めて稀,おそらく国内に10本もないと思われる.

The Progression

 「The Progression」は3つのパートから構成される.中間部のテラスまでのアプローチとしての役割を持つ下部,まさに核心と呼ぶにふさわしい指も入らないシンクラックが5m,そして決して長居はできないレストポイントを経てのストレニュアスなフィンガークラックののちに急に現れる上部核心.部分部分をとればおそらく5.13という厳しさはないだろう.だがそのすべてを繋げ30mのルートとして存在している以上はこのグレードの登竜門としてはふさわしのかもしれない.

The Progression 5.13a

 中間テラスまでのアプローチとなる下部は,所々脆い部分もある5.10ノーマル程度の易しいクライミングだ.だが長いルートだ,この易しいパートでプロテクションをとりすぎると後にロープが重くなり後悔する.限りなく少ないプロテクションを延長しながら登るので決して落ちられない.中間部のテラスまでたどり着けば座って休むこともできる.ここでルートをよく観察しムーブをイメージする.いつまでだっていることができるが覚悟をきめたら呼吸を整え,念入りにチョークアップをする.ここからが核心だ.

 初登者によると核心部だけを取り出せば5.12/PD程度だ.クラックという性質上,自由にムーブを作ることができるが見た目通りジャミングが効くところは限られ,ふちを抑えた観音開きも交えながら高度を上げる.ムーブもさることながらプロテクションセットも困難を窮まる.厳しい体勢で限られた場所にマイクロカム,もしくはナッツをセットする.それなりにでているロープが伸びればさっきまでいたテラスに激突するかもしれないので安易に落ちることはできない.レストポイントのガバはムーブによってはデッドポイントでとりに行くことになる.プアなプロテクションを横目に勇気をもって出した手が止まればようやく一息つくことができる.

 レストポイントからしばらくはクラックも広がりジャミングも効くが,途中からは自然とレイバックになりストレニュアスという言葉がよく似合う.そうしてある程度疲労がたまった先には遠いホールドを取りに行く上部核心が控えている.そこさえ越えればあとはかかりのいいフィンガークラックだが消耗しているとここでも十分落ちることができる.おまけに最後は名張らしいアクセントがあり「ここまで来たら落ちられない」という気持ちが加わり緊張することだろう.

進歩の先にあるもの

 クライミングをしていると時として自身の力を引き上げてくれるルートに出会うことがある.そのルートは自身の限界近いものであったり,限界をはるかに超えたものであったりする.このルートは初登者にとってもきっとそういうルートだったのだろう.

ルート名を “ The Progression ” とします。

 

「進歩」や「前進」という意味です。

このプロジェクトに取り組む事で、僕自身大きく成長しました。

(ジャミング紳士のブログ Project 完  ~ The Progression ~

 クライマーに関わらず人は「進歩」するものであり「前進」するものである.いや正しくは「進歩」したいし「前進」したいものである,だ.だが時として「停滞」したり「後退」したりすることもあるだろう.その現状に大いに閉塞感を抱く.このルートは確かに厳しい,だがその厳しさ故に向き合うことで現状を打破するきっかけを与えてくれた.そうして進んだ先にはまた新しい課題が待っている.向き合う日々はまだまだ続くだろう.僕ら,クライマーは歩み続けたい性分なのだ.

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