流れ星が消えるまでに願い事を3回いうとその願い事は叶うらしい.
「クライミングが強くなりたい」
そんな漠然とした願い事が叶う日はいつかやってくるのだろうか.
”小川山最難かつ最高のクラック”
日本における花崗岩クライミングのエリアというと真っ先に名前が挙がるのが小川山,あるいは瑞牆だろう.この2つは山を挟んで反対側に位置しているが,その歴史的な背景は若干異なる.だがいずれの岩場も日本クライミング界にとって黎明期から今日に至るまで重要な役割を持っているのは言うまでもない.

どちらの岩場も通いなれた人であればトラッドクライミングというとどうしても瑞牆の印象が強いかもしれないが,実はクライミング黎明期においては小川山こそ重要な意味を持つ.
クラシックと呼ばれる小川山のクラックルートをあげれば両手の指の数ではおさまらない.小川山レイバック,クレイジージャム,予期せぬプレゼント,イムジン河,蜘蛛の糸,,,etc.もしかしたら足の指を足したっておさまらないかもしれない.
その数あるクラシックルートの中でも,今なお小川山で最も難しいクラックとされるのがローリングストーンと流れ星だ.この2本は日本中のクラッククライマーの最終目標といっても過言ではない(一部の変態的な強さを持つクライマーは除く).

HARD CLASSIC COLLECTION
かつて日本で出版されていた「岩と雪」という雑誌で「HARD CLASSIC COLLECTION」という連載企画があった.この企画自体が今から30年以上前のものでその時点ですでに”Classic”と言われていたのかと思うとやや不思議な気分になる.

この企画で取り上げられていたルートは全部で7本で第1回からスーパーイムジン(小川山),タコ(城ヶ崎),スパイダーマン(湯河原),プレッシャー(城ヶ崎),コロッサス(城ヶ崎),流れ星(小川山),そして最終回となった第7回がローリング・ストーン(小川山)と錚々たる顔ぶれだ.
「HARD CLASSIC COLLECTION」ではルートの紹介だけではなく初登の経緯や歴史的な背景も書いてあって読み物として非常に面白い.
クライミング黎明期の小川山では,後にレジェンドと呼ばれるような偉大なクライマーたちが日々情熱を燃やしていた.現代ではほとんど見かけない姿だが,記録を読むと開拓全盛期の当時はまるで競争でもしているかのようにより難しいルートの開拓にいそしんでいたようだ.
特にクラックの開拓では,人間がラインを設定するスポートルートとは異なり,オープンプロジェクトとなっている課題も多く言葉通り競争が行われていた.その中でもおそらくもっとも有名な話が,堀地清次氏と橋本覚氏による流れ星とローリングストーンの初登争いだろう.
詳細については岩と雪129号と130号のHARD CLASSIC COLLECTIONに任せここでは概要だけ触れることにしておく.以下の文章は上記資料より内容を拝借している.

争われた初登
この物語の主人公のひとり,橋本覚は当時ジャミングを知らなかった.1982年の日山協岩登り競技会ではバナナ・クラックをレイバックで登り周りを驚かせた.83年はヒマラヤ遠征に費やし,再びフルタイムクライマーとなったのは84年春のことだった.この年の小川山は当時の最難クラスである5.12のルート開拓がさかんに行われており,橋本もその波に身を委ねた.
そこで興味を持ったのが友人から話を聞かされた涸沢1峰のクラックだった.そこから8月までの3ヶ月間,橋本は執拗にトライを重ねたがこの前傾したフィンガークラックを足下にすることはできなかった.

そんな中,現れたのがもうひとりの主人公である堀地清次だ.堀地はアメリカの5.12のフィンガークラックやタコの初登などクラックの経験が豊富でこの領域に関してはトップレベルのクライマーであった.経験豊富な彼はプロテクションセットなど戦略的にこのルートを攻略し,結果として橋本に先んじて初登したのだった.そのルートの名は”流れ星”.
それから1年後,このふたりの戦いは金峰渓谷に舞台を移す.
後に”ローリングストーン”と呼ばれるシンクラックは廻り目平からのアプローチが近いにも関わらず1985年のGWまでその姿を潜めていた.見つかってからもその難しさから初登はされることはなく,7月末に橋本が訪れるのを静かに待っていた.それから数日後,橋本の10日間にもわたるトライがはじまった.
橋本のトライから2日遅れてあの男が参戦した.もちろん堀地清次だ.だが前年の活躍に比してこの年の彼は不調であり,ワンロワーダウンながらこのルートを先に登ったのは橋本であった.この完登をもって二人の戦いに幕を閉じた.
かのように思われたが,橋本の完登からすぐに堀地清次がマスタースタイルで第二登,それにショックを受けた橋本覚がマスタースタイルで第三登と,この二人の戦いには最後まで熱いドラマが待っているのだった.
この熱いドラマの全容はぜひHARD CLASSIC COLLECTIONの第6回,第7回を読んでいただきたい.
星に願いを
When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you(以下略)
『星に願いを』(ほしにねがいを、原題:When You Wish upon a Star)作詞:ネッド・ワシントン 作曲:リー・ハーライン
流れ星が消えるまでに願い事を3回言うと願い事が叶うと言われている.
これは流れ星が流れているその瞬間,神様が天国のドームを開けて地上の世界を見守っているかららしい.星が光っているうちに,天国のドームが閉まる前に願い事をすれば,願い事を聴いて叶えてくれるらしい.
星を見たら願ってみよう
「強くなりたい」と.

#0.2
流れ星は初登時は5.12bとグレーディングされていたが昨今それは見直されており5.12dとされている.その数字にふさわしく核心部は強度が高く難しい.それに核心を越えてからもストレニュアスを体現しているかのような苦しいムーブが連続する.傾斜が緩んだころには自然と肩で呼吸をしている.この後のスラブもランナウトを強要され最後まで気を抜くことができない.
だがこのルートを登り切るためには技術や体力だけではなく”勇気”が必要だ.

一目見た瞬間にわかることだが流れ星の核心は出だしにある.そしてこの核心部分は#0.2サイズのカムを足元にしてムーブを起こすことになる.幸いなことにこのルートは2P目に当たるところにあるのでグラウンドフォールをすることはないが,ここで落ちれば中空に放り出される.もしカムが抜けるようなことがあればビレイヤーよりもはるか下に落ちることになる.それこそまるで流れ星のように.
自身が流れゆく星になる勇気をもつ者にだけこのルートをトライする資格があるのだ.
空気の薄い世界
流れ星を登った者からよく聞く台詞がある.
「流れ星を登ると息が上がる」
それはルート自体の強度が当然関係していると思われるし,もしかしたら廻り目平に比べて標高が400mほど高いから空気が薄いのかもしれない.

このルートを登り終え終了点に立った時,ふと周りを見渡すといつもは見上げているだけのあの空に少しだけ近づけたような気がした.





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