オーバー・ザ・レインボー5.12b|瑞牆山十一面岩末端壁~虹の彼方に~

トラッドクライミング
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 瑞牆山の十一面岩末端壁と言えば現代の日本のトラッドクライミングの源流ともいうべき壁である.春うららをはじめ,トワイライト,アストロドーム,調和の幻想などクラシカルで上質なルートが不思議なくらいに集まっている.そんな末端壁にも残念ながら日の目を浴びずに埋もれてしまったルートもある.

オーバー・ザ・レインボー

 オーバー・ザ・レインボーはそのアプローチの難解さからなのか,あるいはその難易度からなのか時の流れに埋もれてしまったルートの1つだ.ウェブで調べてみてもこのルートに触れられている記事は少ししかない.しかし,ながらその内容,ロケーションともに最高で登れた暁には特別な1本になることは間違いないだろう.

難解なアプローチ

 オーバー・ザ・レインボーをマイナーなルートにしてしまった要因の1つがその難解なアプローチであることは間違いない.末端壁のメインウォールともいえるアストロドームや春うららからだいぶ外れた場所に位置している.

末端壁とオーバー・ザ・レインボー

 末端壁から正面壁へと続くガレ沢をさらに詰め,知らなければ通り過ぎてしまうようなひっそりとした踏み跡から入る.途中まではフリーダムとも共通のため知っている人は多いかもしれない.だがその先は未知の領域だ.

 いつ張られたかわからないような怪しいフィックスロープを登り,一部崩壊したトラバースを通り,ピナクルに巻かれた捨て縄を支点に数mの懸垂下降をする.そこからブッシュの多いルンゼを登り,最後はイワタケのびっしりついた外傾した岩をフィックスロープ頼りにトラバースして取付きのテラスに到着する.

アプローチ

 取付きのテラスも決して快適というものではなく立木にセルフビレイをとりようやく一息つける.ふと上を見上げると90度を少し超えるうす被りのオレンジ色の壁に1筋の斜上クラックが伸びていて一目見てこれがオーバー・ザ・レインボーだとわかる.

時代を越えて存在する「虹」

 クラシックルートが集まる末端壁においてオーバー・ザ・レインボーが初登されたのは2002年という.クラシックルートというには最近過ぎる.だが実はこの課題は春うららをはじめとする末端壁の開拓者である戸田直樹がプロジェクトとして取り組んでいたもので,詳細は不明だが設定されたのは1980年代~1990年代と考えられる.そう考えると他のルート同様にクラシックルートととらえることができるかもしれない.

 そういった経緯で時代を越えて存在するこのルートだが,古かろうが新しかろうがこのルートをみて「虹」と例えるのはごく自然なことだと思える.末端壁のエリアからは空を見上げるような高い位置にあり,アーチ上に延びるラインは下からではそのクラックがどこから生まれてどこにか収束するか見当もつかない.

 そして虹は実体を持たないただの大気光学現象である.これを渡ることは容易ではない.

 Somewhere Over the Rainbow

 オーバー・ザ・レインボーというと映画や音楽に精通した人なら聞いたことのあるフレーズかもしれない.ミュージカル映画「オズの魔法使い」の劇中歌で邦題は「虹の彼方に」という.アカデミー歌曲賞を受賞しており多くの歌手にカバーされてる.「20世紀の名曲」では第1位に選ばれた名曲中の名曲である.

Over the Rainbow / 虹の彼方に [日本語訳付き]  ヴィッキー・カー

 物語の冒頭で,困難に直面している主人公ドロシーがずっとずっと遠くにあるだろうトラブルのない場所を信じて歌う希望にあふれた歌だ.

 “a ballad for a little girl who… was in trouble and… wanted to get away from… Kansas. A dry, arid, colorless place. She had never seen anything colorful in her life except the rainbow”. Arlen decided the idea needed “(小さな女の子のためのバラードである.困っていて,カンザスから逃げたかった。カンザスは乾燥した、不毛で、色のない場所。彼女は人生で色とりどりのものを見たことがなかった...虹以外に。)

https://en.wikipedia.org/wiki/Over_the_Rainbow 作家ハーバーグのインスピレーション

 

虹の向こうにあるもの

 オーバー・ザ・レインボーは軽度に前傾した壁にあるアーチ状のフィンガークラックだ.核心部は0.4番サイズでありジャミング自体も高い技術が求められるが、それに加えて細かい花崗岩の粒に足を置く繊細なフットワークも求められる.

 核心を越えてからもストレニュアスなトラバースが続き、終了点のクリップにも悩まされる。ちなみに故杉野保氏はオンサイトトライで終了点を越えた先にあるテラスまで行っている。

オーバー・ザ・レインボー

 短いながらも苦しくクラッククライミングの面白みが凝縮されたルートだ。このルートを登り終えたときには虹の向こうにある何かに手が届くかもしれない。

さいごに

 戸田直樹のトライから長い年月を越えて再び日の目を浴びたこのルートを埋もれさせてしまうのはもったいない.もちろん登ろうと思って登れるルートではない.それでも触ってみる価値のあるルートであることは間違いない.十一面岩末端壁の,瑞牆山の,そして日本のクライミングに架けられた虹の橋の向こうにあるものをぜひ見てもらいたい.

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