マリオネット5.12a|城ケ崎海岸アストロドーム ~小宇宙の操り人形~ 

トラッドクライミング
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 伊豆半島の東の海岸線に城ヶ崎と呼ばれる入り組んだ溶岩海岸がある.この城ケ崎は珍しい溶岩地形を目当てに多くの人が集まる観光地でもある一方で人気のクライミングエリアでもある.

 そんな城ケ崎海岸にアストロドームと呼ばれるエリアがある.上部を完全に岩で覆われたケイブ状になっているため日が差し込まず,東面で明るい城ケ崎の他のエリアとは違い,ひっそりとした,あるいは陰鬱とした雰囲気をもつエリアである.このエリアの登竜門であり,かつ看板課題でもあるルートがマリオネットだ.

アストロドーム

マリオネットとの出会い

 山から自分のクライミングが始まったのだが,練習でフリークライミングに行くようになった.最初はスポートルートというものがいまいち好きになれなかった.実際には好きになるほど登っていなかったのだが,,そんな中で「クラック」「ジャミング」という言葉をどこからか聞いてきて興味本位で岩の隙間に手を入れてみると思いのほかジャミングができる.今にして思うとやり方を教われば誰でもできるような基本的なハンドジャムなのだが,なぜか自分の中でしっくりときてクラッククライミングばかりやっていた.とはいっても自分が住んでいる東海地区にはクラックのエリアが沢山あるわけでもなく唯一と言ってもいい瑞浪に足しげく通っていた.

 そんな折に所属している山岳会で城ヶ崎海岸というエリアが話題にあがり,いつものようにgoogleにワードを入れて画像検索をしているときにアストロドームに出会った.画像からも伝わってくるその異様な雰囲気に一瞬で惹かれた.入門ルートと言われるマリオネットでさえルーフといってもよいほどの強傾斜であり誰がどう見ても難しい.クラックをかじったばかりの自分にはどう考えても登れない.それでも強烈に魅了され頭からマリオネットが離れなくなった.

Astrodome

 野球ファンなら知っているかもしれないがアストロドームというのはアメリカ合衆国のヒューストンにある世界初のドーム球場のことだ.ヒューストンに宇宙基地があることから「天体」を意味する接頭辞である「astro-」を用いたとのこと.

 ちなみに航空機や宇宙船にある天体観測用の透明のドームもアストロドームという(日本語では天測窓).

 アメリカの球場から由来しているかはわからないが城ケ崎にあるアストロドームも宇宙空間を幻想させるような不思議なドーム状の空間だ.どのようにしてこのような自然のドームが形成されたのか,これだから自然は不可思議だ.

アストロドーム

 そんなアストロドームには20本程度のルートが存在しており,その大半はドーム内に広がる小宇宙を登っていく.マリオネットはアストロドーム入門ともいわれる登竜門的なルートだ.5.12aが入門ルートというのだから恐ろしい...

OLD BUT GOLD

 20年ほど前のRock & Snowで故杉野保氏がOLD BUT GOLDという連載を行っていた.企画のコンセプトは今は登られていないようなクラシックルートにも素晴らしいルートはあるはず!その素晴らしいルートの再発見を行おう!というものだ.キャッチコピーは「久しくチョーク跡の途絶えたルートに、再び命を吹き込むのだ」.幸いなことに2020年に書籍化されているため古い雑誌をあさらなくても済む.

 マリオネットは第5回で取り上げられたルートだ.20年以上前の時点で「OLD」と言われているように初登はなんと1986年.初登者はピオレドール賞も受賞したアルパインクライマーである山野井泰史氏だ.年中海風にさらされる城ケ崎で40年近く経った今なお初登時と同じ(おそらく)状態で登れるのは奇跡に近いことかもしれない.本の紹介ではないため詳細は割愛するが,数多のルートを登り,開拓してきた杉野氏をして

世のクライマーたちは登るべきルートを間違えているのかもしれない.

OLD BUT GOLD(山と渓谷社)

と言わしめるのだからルートの質は保障する.この素晴らしいルートをナチュラルプロテクションだけで登ることができるのは至高の悦びだ.

小宇宙に取り残された2つのカム

 マリオネットの終了点はすぐに見つかる.アストロドームに入ったら天井のクラックに残置されているカムらしきものを探せばよいのだ.初めて見たときには本当にカムが残置されているかと思うがそれがマリオネットの終了点なのだ.長年潮風にされされたせいか真っ白に腐食しておりカムとしての機能はすでに失っている.今となっては回収することもできない.山野井氏が残していったものだろうか.

時代の流れを感じる風化したカム

 この残置されたカムの近くにしっかりとした終了点もちゃんとあるので安心して登ってもらいたい.

君たちはどう登るか

 マリオネットは基本的にガバホールドとキャメロットの#1~2という多くの人にとって良く効くハンドサイズのクラックをつなげて登ることができる.また屈曲してはいるものの目印となるクラックははっきりとしておりラインはわかりやすい.そう聞くと一見登りやすそうな課題に感じる.だが実際に取付くと多くの人々はマリオネットの小宇宙にさまようことになる.

何を道しるべに登るのか

 出だしはわかりやすいきれいなクラックだ.前傾クラックを越えるとすぐにチムニーに体をすっぽりおさめることになる.チムニーの中はとても心地よい.しかし,いつまでもいるわけにはいかない.重い腰を上げて,いざチムニーからでようとすると行先がわからないのだ.下から見たときには明瞭だったクラックがどこかに行ってしまった.

 下でみたルートを思い出しながらゴールに向かって進んでいくがその後も容易ではない.自分がどこに向かっているのか,自分がどこにいるのか,どう登ればいいのか分からなくなる.マリオネットはそんなルートだ.

 マリオネットを登るすべてのクライマーに尋ねてみたい

「君たちはどう登るか」と...

 陰鬱としたドームの中を右へ左へと紐をつけてふらふらと動く姿は,さながらマリオネットのようだ.我々はこのルートを登るべく誰かに操られているのかもしれない.

マリオネットフランス語: marionnette、英語: marionette)は、人形劇でよく使われる操り人形の一つであり、特にで操るものを指す。日本では糸繰り人形とも言う。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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