スコーピオン5.12b|城ヶ崎海岸浮山橋 ~蠍の毒に侵されて~

トラッドクライミング
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 城ヶ崎海岸にある浮山橋別荘地の海岸にそのルートはある.スコーピオンと呼ばれるそのルートは圧倒的なルーフの中にある複雑な形状のクラックをつないで登っていくものだ.立体的なムーブを必要とすることが多い城ヶ崎の課題の中でスコーピオンの複雑さは群を抜いている.最初は何が何だかわからないだろう.だがトライを繰り返していくうちに徐々に楽しくなってきてそのルートから離れられなくなっている.しかし気がついた時にはもう遅い.あなたはすでに蠍の毒に侵されているのだから.

スコーピオン

元祖ルーフクラック

 城ヶ崎でルーフクラックというと何を思い浮かべるだろうか.もしかしたらアストロドームにあるマリオネットという人が多いかもしれない.マリオネットは当初こそ再登者は少なかったもののROCK&SNOWで杉野保氏による連載「OLD BUT GOLD」で取り上げられてからは知る人ぞ知るマニアックなルートから城ヶ崎を代表するルートの1本となった.

 マリオネットは今から40年近く前に若き日のアルパインクライマー山野井泰史氏によって初登されている.前述の如く城ヶ崎を代表するクラシックルートである.だがしかし,そんなマリオネットより1年早く登られているルートがあるそれがスコーピオンだ.

 スコーピオンは1985年に城ヶ崎は浮山橋に開拓されたルートで,ヨセミテでセパレート・リアリティを登った山野井氏がその勢いのまま初登している.同時に発表されたビッグ・マウンテン・ダイレクト,神風とともに「山野井三部作」と呼ばれている.ちなみにスコーピオンはOLD BUT GOLDに少しだけ言及はされている.

そのうちスコーピオンは,特に印象が強い。浮山橋にあるこのルートは複雑な形状のルーフを大胆なムーブで越えていくもので,それまでのクラッククライミングの常識を大きく突き破るものであった。

OLD BUT GOLD(山と渓谷社) 杉野保

超立体3Dムーブ

 城ヶ崎のルーフクラックは花崗岩の綺麗なクラックとは異なり安山岩の柱状節理によって形成された三次元的で複雑な地形を登っていく.必然的にムーブも複雑なものとなり,中でもスコーピオンでは超立体的な3Dムーブが必要となる.当たり前のように足を上げて逆さまになったりする.登る前にどれだけオブザベーションをしていてもいざ登りだすと自分がどこにいてどこに向かっているのかわからなくなる.

超立体3Dムーブ

 立体的なだけではなくスコーピオンを登るには多彩なムーブが必要となる.単純なハンドジャムからスタートし,ガバホールド,アンダー,フィンガージャム,ヒール&トゥ,足切り,シンハンドジャム,足先行ムーブ,コウモリレスト,スローパー,クロスムーブ,クリンプ,キョン,そして終了点クリップも悩まされる.最初から最後まで飽きることなくに楽しませてくれる.初登の山野井氏はルーフ部分のクライミングを「完全なオラウータン・スタイル」と表現している.

海岸線のスコーピオン

 鋏型の触肢と毒針を持つ節足動物を英語で「scorpion」という.つまりは「蠍」のことだ.日本で見ることは少ないがいろいろなキャラクターになっていたり,何より黄道十二星座のひとつにも存在しているため日本でも知名度は高い.

 蠍というと猛毒を持つイメージが強い.ギリシア神話では英雄オーリーオーンを殺してさそり座になった蠍の話がある.だが実際はそれほどの猛毒を持っている種は多くなく,人間に対して致命的な毒をもっているものは約1000種類中に25種しかいない.閑話休題.

 ルーフクラック「スコーピオン」は初登した山野井氏によってクラックの形状からそう名付けられた.だが私には何度見てもこのクラックが蠍には見えない.想像力が足りないのだろうか.なんとかイメージを近づけようと蠍の画像をwebで漁っていると不意にさそり座の画像が出てきて合点がいった.まさにスコーピオンそのものだった.

蠍の心臓「アンタレス」

 さそり座にはさそりの心臓と呼ばれる真っ赤な光を放つ星がある.アンタレスだ.このルーフクラックを登っていると中間部に異彩を放つ割れ目がある.多くの人はこの場所で逆さまになって休息をとる.たまたま赤いシャツを着ているからかもしれないが,ここがアンタレスなのかもしれない.

スコーピオン名物コウモリレスト

 余計な話だがアンタレスは「Anti-Ares」というギリシャ語が由来で「火星に対抗するもの」という意味だ.城ヶ崎で「火星」というと一つしかない.吉田和正氏によって開拓された日本最難クラックである「MARS」だ.意図しない偶然にドラマを感じている.

蠍の毒におかされて

 スコーピオンは簡単には登れない.ムーブは複雑で解明するのには大胆さがいる.足運びは繊細だし襲い掛かってくるパンプとも戦わなければならない.万が一ルーフ部分でフォールしようものなら大きく振られ壁にはもどれない.トライするのに勇気がいる課題だ.よほどな強者でない限り最初は跳ね返されることだろう.だが気がつくと頭の中でスコーピオンのことばかり考えている.まるで蠍の毒に侵されているかのように.

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