「注文の多い料理店」
比較的登りやすく終了点を除いてオールナチュラルプロテクションでのぼれる好ルートであり錫杖岳の看板ルートのひとつだろう…無雪期は….だが冬になると話は変わってくる.
今日的なウインタークライミングのテストピースとして訪れる者は多い。
新版 冬期クライミング(白山書房)
この言葉にあるようにトルキングやフッキング,ジャミングなどあらゆるクライミングの技術を必要とされるルートだ.注文がとても多い.今回,そのような好ルートに挑戦する機会を得た.
注文の多い料理店
注文の多い料理店は錫杖岳の代表的なルートの1本だ.クラックシステムを利用してオールナチュラルプロテクションで登ることができる.一応終了点にはボルトが打ってあるが終了点も含めてカムやナッツのみで登ることも可能だ.核心部は延々と40m続くコーナークラックでこのルートのハイライトだ.
無雪期にはピッチグレード5.8~5.9のフリークライミングが続く好ルートとして人気が高いが,このルート,いざ雪がつくと非常に厳しいものになる.悪い草付き,デリケートなフッキングで登る垂壁,思い切りのいるハング越え,アックスのかかりの少ないワイドクラック,こんもりと積もった雪の処理などなど冬期クライミングのエッセンスがこれでもかと詰まっている.
ルート名の由来となったのは言わずもがな日本人などおおよそ誰もが知っている宮沢賢治の代表作のひとつである短編「注文の多い料理店」である.奇遇にも今回トライした2024年は初出から100周年の年であった.
概要
日程 2024年3月9日,10日
天候 3月9日 雪,3月10日 雪ときどき晴れ
コースタイム
3/9
中尾高原駐車場(07:47)-渡渉点(09:06)-クリヤ岩舎(11:04-12:04)-前衛壁基部(12:52)-1ルンゼ左取付(13:13)-登攀開始(14:07)-2P目終了点/下降開始(17:09)-取付(17:35-17:52)-クリヤ岩舎(18:10)
3/10
クリヤ岩舎(05:25)-前衛壁基部[準備](06:27)-注文の多い料理店取付(07:45)-登攀開始(07:56)-2P目登攀開始(09:20)-3P目開始(11:36)-3P目終了点[リード](12:47)-F吊り下ろし(13:11)-L懸垂下降開始(13:30)-取付(1405-1435)-クリヤ岩舎(1452-1526)-駐車場(1627)
装備(登攀具)
ダブルロープ(50m×2),キャメロット(#0.3~5×2),トライカム(0.5,1,1.5,2),スクリュー(13㎝×2),ナッツBDストッパー(4,5,6),アルパインヌンチャク(60㎝×8,120㎝×6),ハーケン,捨て縄etc
詳細
もともと穂高の岩登りを計画していたが季節外れの?冬型の気圧配置で大雪が見込まれたため,富山起点の人曰く,どんな天候でも登れる錫杖に転進の方針となった.トポに載っているようなメジャールートの中で登っていない1ルンゼ左と注文の多い料理店をトライすることに.注文の多い料理店はいまの自分たちにとってはチャレンジングなルートではあったが,現在地を知る意味合いでも登っておきたかった.あと短編集「注文の多い料理店」100周年だし...
前夜仕事終わりに愛知を出発し東海北陸道で高山に向かったのだが冬型真っただ中で初めて経験するような大雪,視界の悪い高速道路を時速40㎞でゆっくり高山に向かった.中尾高原に到着するともちろん車は一台もいない.気温も低いし天気も悪いのでたっぷり寝て翌朝はゆっくり出発しようということになった.
普段なら暗闇の中歩き出すが,この日は明るくなってからのスタート.槍見館への道路も除雪車が通ったり,出勤の車が通ったりであわただしかった.無雪期の錫杖岳のアプローチなら渡渉点がおおよその中間地点だがラッセルがあると渡渉点はまだまだ序盤だ.渡渉を終えクリヤ沢が折れるあたりから雪が深くなり本番だ.腰ラッセル,時に万歳ラッセルをしながら黙々と進む.ゆっくりスタートすればトレースがあるかもという考えは駐車場に他の車がないことから淡い期待だということはすでに知っていた.
いつもなら錫杖前衛壁が見えると気持ちが盛り上がりラッセルの励みになるがこの日はあいにくの冬型で視界は悪い.写真は帰りに撮ったものだ.4時間弱かけてようやくこの日の幕営地であるクリヤ岩舎に到着した.一等地にテントが張れると頑張ってここまで来たかいがあるというものだ.とはいえすでに心が折れかけて「今日はトレースつけるだけでいいかな?」なんて甘い考えも浮かんでくる.そんな弱い自分に喝を入れて予定ルートである1ルンゼ左に向かう.
当然のことながら前衛壁までもラッセルだ.通常クリヤ岩舎から前衛壁まで行く場合はP4の基部に出ることが多い.左方カンテやら1ルンゼ左やらはP4からさらにラッセルをしながらトラバースしていく.なんとかショートカットしようと左へ左へと登っていったが目の前に3ルンゼが現れたときは絶望した.仕方なく基部をさらにラッセルしていくと1ルンゼ左についたのは13時になってからだった.「これは完登は無理だな」と思いながら取付いたら案の定2P登ったところで薄暗くなり敗退を決した.今回は注文の記録なので登攀の内容は割愛.
翌日再び前衛壁に向かって登っていくと悲しいことにトレースは半分くらい消えている.北沢に出る直前の岩壁基部で準備をして注文の取付きに向かうがここがまた雪が深かった.50mほどの登りに小一時間かけてようやく取付き.前置きが長くなったがここから登攀の内容になる.
1P目 Ⅳ+ フォロー
自分が核心ピッチをトライしたかったので無雪期の1~2P目をリンクしてパートナーがリードをすることに.階段状でそれほど難しくなかったと記憶していたが雪がたっぷりついているのでラインがなかなかわからない.2P目のクラックと1P目の終了点のテラスは下からでもわかるのでそこを目指して登っていく.みるからにプロテクションは悪そうだ.
パートナーが1時間ほどかけてようやく2P目のクラックの入口に.ここから5.8のパートに入る予定だったが「ここでピッチを切ります!」とのコール.フォローで登ると思いのほか難しい.
傾斜は強くないが階段状の部分に全部雪が乗っていていちいち除雪作業が必要だ.逆に雪だと思ったところにアックスを打ち込むとすぐ下は岩ではじかれる.ピッチグレードが一番低い1P目でもこのコンディション,幸先不安だ.終了点につくと本来の1P目終了点があるテラスは雪で埋もれていて除雪を通り越して発掘作業が必要な状況だった.パートナーは2P目のクラックにカムで支点を構築してビレイをしていた.
2P目 5.8 リード
2P目のグレードは5.8、無雪期はフォローで登ったが途中からクラックから体を出す辺りが高度感があって怖かった記憶がある.
出だしのクラックは4番サイズ.冬壁においてこの4番サイズというのが曲者だということがわかった.クライミングシューズなら足がスタックするサイズだがアイゼン冬靴だとポイントを選ばないとクラックに入らない.それでも幸いなのはクラックの中にアックスがかかるような場所があるのとすぐに5番サイズに広がるというところ.右半身をクラックに突っ込みながら左足はクラックの外の細かいスタンスを見つけて体をずりあげていく.当然スタンスには雪が被っているので丁寧に雪を落としていかないとアイゼンをがりがり言わせるだけになってしまう.
左上クラックを登り終えると凹角にぶち当たる.写真で見た終了点はどうやら右側の垂壁の上にありそうだが見るからに難しそうだ.ふと左の凹角を掘り起こしてみるとよさげなクラックがあるではないか.おまけに#0.5の残置カムまである.これは一度凹角を登ってトラバースかな?と思って凹角に進んだのが間違いだった.
凹角のクラックにはアックスはよくかかるが足が悪い.左右の壁に細かいスタンスを見つけてじわじわと高度をあげ怖いマントルを返すと広めのテラスに出る.そこには終了点と思しきハーケンがある.だがしかし,どう見てもどう考えても注文のラインとは違う.注文の終了点に行くには2mほどの先のガバフレークを目指してノーハンドトラバースをこなす必要がありそうだった.とりあえずハーケンに支点をとる.
支点をとって一息ついたところでこの怖いトラバースをするか,クライムダウンするか,あるいはここでピッチを切るかなどなど考えたが結局クライムダウンをして右側の垂壁を登ることにした.一見難しそうに見えたこの垂壁は真面目に雪を落とすとフッキングできる箇所が見つかり3手ほど登るとガバフレークにアックスがかかる.そこからも雪を落としてスタンスを探しムーブを組み立てながら登っていく.最後のワイドクラックを登り終えるとようやく2P目の終了点だ.頭上には懐かしき核心のハングが威風堂々と佇んでいる.
フォローも苦労するようで時間がかかった.特に魅惑の凹角上のテラスに支点をとってしまったのでフォローは恐怖のトラバースをすることになりとても申し訳なかった.
3P目 5.9 リード
ここまでの2Pでも十分おなかいっぱいだったが,この核心ピッチを前にして帰るわけにはいかない.印象的なこのハングは無雪期のムーブも記憶に残っていたしネット上で画像も見れたのでムーブのイメージはできている.怖いレイバックだがプロテクションもいいのでフォールを恐れずに行けるはずだ.そう考えるとまだまだ心は折れていなかった.冷え切った体を温めるためにフォローがついたらすぐにビレイパーカーを受け取りこれを着ながらギアの受け渡しを行った.このひと手間を惜しまないことがアルパインにおいて大切なのかもしれない.お茶を飲み,行動食の羊羹をほおばりもう一度ハング越えをイメージする.「よし行ける!」そう思いセルフを解除した.
雪のたっぷり積もった凹角から登り始める.ハング下なのになんでこんなに雪がたまるのかな?凹角の雪を落とし終えカムをきめるといよいよ本格的な登攀開始だ.
ハングは思ったより近く一段体を上げるともうクラックにジャミングが決まる.このクラックは3~4番サイズでありウールの手袋とオーバーミトンをつけた自分の手ならジャミングがそれなりに決まる.アックスの出番はしばらくない.ジャミングを右に移しながら,フェイスのスタンスを探す.2mほどのスタンスを見つけ右足を乗せさらにジャミングを進める.ジャミングが効いているといってもバランスをとる程度で体を支える支持力はない.体重は今1本爪アイゼンの先にのみかかっている.ハングに抑えられた頭をうまいことかわして頭だけが一段目のハングを越える.このムーブ確かスコーピオンであったななどとまだ考える余裕がある.右足が乗っていたスタンスへ左足を寄せ,この今度は右足をベルグラに送る.二段目のハング下には4番カムが残置されているが隣に自分の4番も設置し仲良しこよしだ.ここまでくるとジャミングはほとんど決まらず,ハング上のクラックをカンテ持ちしてレイバック気味に体を持ち上げる.持ち上がった隙にクラックの中のチョックストーンにアックスをかけぐいと登りクラックの中に足を突っ込む.「やった!ハングを越えた」と喜んだのは束の間,厳しいのはここからだった.
これだけ壁に雪やベルグラがついていてクラックの中が無事なわけがない.クラックの中もしっかりと凍っており,カムを決めようと試みるも4番も5番もつるつる滑ってまともなプロテクションが取れない.「ああ,ここで落ちれば結構落ちるな」と思いつつアックスを引き付け,体があがった瞬間に腕を差し込みアームバーをきめる.幸か不幸か4番サイズだが中で氷が垂れており岩と氷の間にハンドジャムが決まる.クラックに右半身を突っ込んだ状態で何とかバランスをとっているがまだ安定しない.だが左のスラブには雪がべったり乗っていてスタンスがわからない.右足を上げようにも完全にワイドサイズでアイゼン冬靴ではヒール&トゥが決まる由もない.もちろんワイドすぎてアックスがかかるところもない.身動きが取れない中,凍ったクラックの中になんとか5番サイズのカムを置くことができた.「静荷重なら耐えてくれるけどきっと墜落は止められない.これ以上は危険だ.」などと理論じみた言い訳を自分にしてやむなくテンション.腕は冷たさと必死のジャミングで焼けつくようなパンプに襲われていた.
テンションをかけながらスラブの雪や壁の雪を落とすとスタンスやクラックもありムーブを組み立てることができた.その後も大量の雪に阻まれてはテンションを入れ,都度雪を落としながらホールドを探しムーブを組み立てながらなんとかトップアウト.一応フリーで抜けられたけどこんなのはフリークライミングなんて言わない.登る前は凹角クラック40mを全部登ってやると意気込んでいたが結局は25mほどの終了点でピッチを切ることになった.
体の疲労感とテンションを入れまくって弱ったメンタルで「ここで敗退カナー」とか思いながらフォローを待っていたら自分の弱メンタルがフォローに伝播したのかハング下で行き詰って結局吊り下ろし.自身は懸垂で3P目取付きへ戻った.そこからは1Pの懸垂で取付まで戻り久々の地上に安堵しつつ撤収.こんな悪天でもそれなりに入山者はいたのかクリヤ岩舎からはトレースばっちりで1時間かからずに駐車場へ.
総括
今回,背伸びとは思いつつも注文の多い料理店にトライした.今季は冬壁をメインにしていたのでそれなりに自信的なものはついていたがメタメタに打ちのめされた.クライミング自体はまずまずだが,雪の処理,凍ったクラックでのプロテクションの設置,寒さ対策,メンタルなどなどウインタークライミングをしていく上での課題はたくさん見つかった.コンディションが違えば登れるのかも知れないけれど,その時々に対応してこそのアルパインクライミングなのでたらればは言えない.自分に足りないものを細分化して補完していきたい.でもこんな打ちのめされてもまた行きたいなーと思うから冬壁っていいよね.
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