アダムとイヴ|瑞浪屏風岩~シン・クラックという禁断の果実~

トラッドクライミング
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 クラッククライミングが隆盛を極めているといってもスパッと綺麗に割れたクラックはそうお目にかかれるものではない.ましてやフィンガーサイズに限るとなおさらだ.しかし,東海地方のクラッククライミングの修験場である瑞浪屏風岩にはアダム,イヴという2本のフィンガークラックがある.いずれも10mもない短いルートだがその見た目には心を奪われる.そして保証する.この2本を触るためだけにでも瑞浪に来る価値は大いにあることを.

採石場跡地 瑞浪屏風岩

 全国に何か所あるかわからない「屏風岩」,そんな屏風岩が瑞浪にもある.正式名称は「瑞浪屏風岩」だが一般的には「瑞浪」と呼ばれる.そのほかの屏風岩と比べるとあまり屏風状ではないからかもしれない.

 瑞浪は花崗岩の岩場で小川山や瑞牆のようビッグエリアではなくこじんまりとした岩場である.いつの時代かわからないがかつて採石場だったという半天然半人工的な岩場だ.クラックやスラブなどナチュラルなラインを登ることもできるし,採石場跡の独特なカンテやフェイスを登ることもできる.東海地方のクライマーにとっては貴重な花崗岩の岩場で,特にクラックに関しては短いながらも癖のあるクラックがそろっている.

瑞浪屏風岩

 そんな瑞浪の代名詞ともいわれるルートがアダム(5.11b)とイヴ(5.11c)だ.

100分の2

 アダムとイヴが初登されたのは今から40年も昔の1985年のことである.当時豊田近郊の岩場などの東海エリアの開拓に精を出していた三品夫妻によって初登され,ROCK&SNOWの前進である「岩と雪」の113号で発表されている.三品弘樹氏はどうやらこの2本は自然にできた割れ目ではなく石切作業で用いたダイナマイトの落とし子と考えているようだ.だがその真実を知るものはだれもいない.仮に人為的な行為の副産物として生まれたルートであろうが現代の人工壁のように意図をもって生まれたわけではない.そのような背景を理由にしてこの2本が色褪せることは決してない.

 2013年に発売されたROCK&SNOW59号では日本の名ルート100本が特集されている.ここにはトラッド,スポートの限りなしに北海道,関東,東海など全10エリアから名ルートをそれぞれ10本ずつ取り上げている.この日本でたった100本しかないルートの中にアダム,イヴの両方が選ばれている.

人類の祖 アダムとイヴ

 ルートの名前は旧約聖書の冒頭にある創世記に由来すると思われる.アダムとイヴといえば全人類の祖として知られる.アダムは神によって創られた最初の人類でありイヴはアダムから創られた.二人はエデンの園で何不自由なく過ごしていたが,善悪の知識の実を食べることだけは神によって禁じられていた.しかしある時,蛇に唆され禁断の果実を食べてしまい二人は楽園から追放されてしまう.この後も二人の物語は続き人類の歴史は紡がれていく.

エデンの園

男性的なアダム,女性的なイヴ

 アダムとイヴはどちらもシン・クラックと呼ばれる類のもので細かいカムやナッツをプロテクションとして登る.だがルート全体を見たときにその性質は大きくことなる.初登した三品氏はアダムを男性的,イヴを女性的と表現しているが確かにその通りだ.

アダム

 アダムは目を奪われるスプリッタークラックで中間部にうす被り部分を要している.出だしを除けば左右の壁にはホールドらしいホールドは見当たらない.クラックの幅はキャメロットいう#0.3~0.4でフィンガージャムはいわゆる「バチ効き」だ.フィンガージャムをしっかりと決めてあとは細かい結晶に足を置きながら力強く登っていく.パワフルで男性的だ.

イヴ

 一方,イブはわずかにオフセットしたシン・クラックで核心部は細く何者の指も受け付けない.アダムとは逆に左右の壁にはフットホールドとして使えるようなスタンスがあり,デリケートなフットワークが求められる.そしてこの細いクラックへのプロテクションのセットには女性的な繊細さが必要だ.

 アダム,イヴ,どちらも10mほどの短いルートだがその内容は濃い.登っている時間にすると数分程度だがやはり濃い.厳しく苦しい動きの中で小さいカムをセットし,その小さなカムに命を預けて,時として思い切った動きを求められる.落ちても止まる保証はどこにもない.緊張感のある静と動の繰り返し.そしてその緊張から解放されたときの充実感は言うまでもないだろう.

禁断の果実

 我々はいつでも誘惑されている.アダム,そしてイヴは禁断の果実だ.一度手を出したが最後,もう安穏が約束されている楽園に戻ることはできない.だからといっていつまでもエデンにいたままでは物語ははじまらない.勇気をだして誘惑に乗ってみるのも選択肢かもしれない.

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