最初にそのクラックを見上げたとき純粋に
「きれいなクラックだな」
と思った.
これはあるクラックとの出会いと開拓の記録である.

目次
小川山 涸沢1峰
小川山は言わずと知れた日本における花崗岩クライミングの聖地だ.クライミング黎明期から今日にいたるまで多くのクライマーがその地で岩登りに熱中している.ボルダリング,スポート,クラック,マルチピッチなどジャンルを問わずたくさんのルートが存在しその正確な本数は誰にもわからない.
そんな数多あるルートの中でも特に歴史的な意義が大きいものがいくつかある.エクセレントパワー,エイハブ船長,スーパーイムジン,ローリングストーン,NINJA,,,などがあり,一般的には”流れ星”もそれらクラシックルートと呼ばれるもののひとつとされる.
涸沢1峰は廻り目平キャンプ場から1時間程度の場所にある岩峰でお世辞にも人気の岩場とは言えない.だが”流れ星”を求めて足を運ぶ人はそれなりにいるし,また最近では涸沢1峰を最終地点とする”涸沢岩峰群トラバース”というルートも開拓され,訪れたことがある人は案外少なくないのかもしれない.
概要
このプロジェクトがある涸沢1峰には全部で8日間通った.流れ星に4日間,このプロジェクトに4日間だ.最初に訪れたのが2025年5月3日で,プロジェクトが完結したのが6月5日.山の上にはまだ雪が残る晩春から梅雨の気配が香る初夏の頃合いまでの約1か月の間通い続けた.
日程 2025年5月3‐5日,18日,24日,31日,6月1日,5日
- 5月3‐5日/天気:晴れ 流れ星 day1-3 パートナー:Sくん(4日のみGさん参加)
- 5月18日/天気:晴れ 流れ星 day4 パートナー:Sくん
- 5月24日/天気:晴れ 偵察および掃除,トップロープでの試登 パートナー:Sくん
- 5月31日/天気:雨 終了点整備,および掃除 パートナー:なし
- 6月1日/天気:晴れ フィックスでのムーブ構築 パートナー:なし
- 6月5日/天気:晴れ リードトライ&初登 パートナー:Tくん
詳細
これまでも気になったクラックや登られていないフェイスをみて「登れそうだな―」と思ったことはあったが,実際に掃除をして支点整備をして初登をするという,いわゆる「開拓」と言われるものを行ったのは今回がはじめてのことであった.
5/3 出会い
2025年のGWは飛び石連休ではあったがその飛び石の間に休みを取れば最大11連休にもなるポテンシャルを内包していた.そんな中,筆者は土日祝日に有休を2日組み合わせて,2日,3日,4日をそれぞれ中1日で登るという3部制の休みを取っていた.

最初の2日間は名張で,次の3日間は小川山でキャンプを楽しながらシーズンはじめの花崗岩に体を慣らしつつ,最後の4日間で自分の限界グレードに近いルートに打ち込もうと考えていた.その中で候補に挙がったのが瑞牆のヴィーナス,小川山のローリングストーン,そして流れ星だった.パートナーがトライ中ということもあり第一候補はローリングストーンとなった.
来る5月3日.前日は雨だった.予定通りローリングストーンを見に行くと,なんとというかやはりというか下部のフェイスは染み出しがありとても登れるようなコンディションではなかったので第二候補である流れ星にこの連休を捧げることになった.

ローリングストーンから引き返し,小川山の広場の駐車場から歩くことおよそ1時間(たぶんゲートからは40分くらい).若干道に迷いながらも無事に涸沢1峰にたどり着くことができた.岩峰の下は平らで居心地はとても良い.

早速,流れ星を見に行こうと踏み跡を登ろうとしたその時トポにはルートが1本も書かれていないメインウォールとも言うべき黄色の岩壁に1筋のクラックが見えた.これがこのルートとの出会いであった.

下からでは全景は見えないが「きれいなクラックだな」と思った.こんなきれいなクラックも登られていないのかな?とも思ったが,よく見るとクラックからは草が生えていて少なくとも今現在ルートになっている様子はない.とても気にはなったがこの日の目的は流れ星だ.このクラックはいったん頭の片隅に追いやり目下の課題に集中することになった.
流れ星についてはそこから3日間トライをしてワンテンまで漕ぎつけるが結局GW中のRPをかなわず宿題となった.最終日であった6日は雨予報であったため後ろ髪惹かれつつも小川山を後にした.
5/18 流れ星RP & 頭から離れないクラック
そこから2週間の間はずっと流れ星のことを考えていた.頭の中で何度もイメージトレーニングを繰り返し,天気予報とにらめっこして,半信半疑ではあったが乾いていると信じて突っ込んだ雨あがりの5月18日にコンディションが回復するその瞬間をとらえて無事RPすることができた.
パートナーが登れていない心苦しさもあったが,これで晴れて涸沢1峰を卒業できると浮かれていた.ウキウキで帰宅し,完登の動画を見返したり,2日目に加わってくれたGさんがドローンで撮ってくれた写真や動画を眺めたりしていた.

ドローンはすごい.これまでは絶対に見ることができなかったものをみることができる.特に岩峰全体を俯瞰してみる画角は迫力がある.今回Gさんが取ってくれた映像の中にもどんどんズームアウトして涸沢1峰全体が移っているものがあった.するとふいに例のクラックが画面に映った.それと同時に頭の片隅に追いやられていた考えが心の中心に引っ張り出されてきた.
「このクラック登れるのでは?」
映像を静止してそのシーンをよく見ていると,自分の考えを支持するかのようにそのクラックは岩峰のほぼピークから基部までつながっているように見える.
そうなると当然湧く疑問としてこのクラックが登られているのかどうかというものがある.まず確認したのは2022年出版の小川山本だ.これによるとこのクラックどころかこの壁にはルートが1本も書かれていない.

次に見たのが流れ星が掲載されている岩と雪129号だ.これを見ると概念図でこのクラックと思しき筋に”うらぎり者クラック”と書いてある.このときは少し気落ちした.だが念のため小川山本が情報源として書いている岩と雪90号を確認してみると,”うらぎり者クラック”が載っていた.詳細はかかれていないものの,張り付けてある写真ではルートを示す線は自分が見つけたクラックの1本右に引かれていた.未踏の可能性が高そうだという結論に至った.



すかさず一緒に流れ星をトライしていたS君に連絡を入れて週末の約束をこぎつけた.
5/24 再会と偵察,そして掃除
5月24日,朝にゲート前で集合し再び涸沢1峰に向かう.初日こそ道に迷ったがもう通いなれた道だ.唯一違うのは荷物の量.カム2セット,80mロープ,捨て縄,掃除道具,ピッケルなど盛りだくさんだ.掃除に使うワイヤーブラシや鎌などは急遽ダイソーで揃えた.重い荷物と急登に息を切らしながら登っていくといつもと変わらない居心地のいい広場がそこにはあった.いつもだったら入念にアップをするがこの日は違う.パートナーの準備を待つ時間にとりあえず壁を見にいくことにした.

本当はグラウンドアップで開拓したい気持ちもあったが,はじめての開拓でありクラックの状況もわからなかったためトップダウンでの開拓とした.妥協ではあるが現実的な選択だったと思う.むしろグラウンドアップで開拓されたルートのすごさが身に染みた.
涸沢岩峰群トラバースの懸垂支点を利用して大テラスまで懸垂1回,その後は立ち木にロープをフィックスしていよいよ目的の岩壁に取付く.前傾かつトラバースなのでカムをセットしながら少しずつ下降していく.
第一印象は”脆い壁”だ.典型的な風化した花崗岩で表面が粒がぼろぼろと崩れていく.おまけにイワタケがびっしりとこびりついている.それでもワイヤーブラシで掃除をするとイワタケは落ちるしクラックの中は多少はきれいになる.何とかなりそうだ.5mほど下りてノーハンドで立てるような著明なダイクまでくると傾斜も強くなり下の方がよく見える.どんなもんかと下に続くクラックを覗いてみるとそこには悲しみが待っていた.ドローンで見た画像ではクラックがつながっているように見えたが実際には少し凹んでいるだけでおおよそクラックといえるようなものは見えたらなかった.

1週間このクラックへの思いを膨らませて,4時間運転して,重い荷物を背負ってここまで歩いて,あんまりだ.現実はこうも厳しいものなのか,と打ちひしがれた.だがまだ一筋の光が残っていた.隣のクラックだ.とりあえず一度このクラック(凹み)は見限って隣のクラックを見に行くことにした.フィックスをユマールして,写真で確認していた隣のクラックの抜け口にロープを垂らして再び壁の中に戻っていく.
右のクラックの印象は”さっきより脆い”だ.表面の粒は触れるだけで崩れ,体を支えるために握ったガバはメリメリと剥がれる.なかなかにワイルド.再びダイクまで下りてきて下を見ると,こちらもクラックは一部閉じているが,その前後でプロテクションが取れそうな箇所はある.何より岩のもろさが大分落ち着ている.これなら登れる可能性はある.そう考え続きを偵察するとすぐその下でトラバースして元々のクラックに戻ることができそうだということが分かった.ちなみにこの右にトラバースしたクラックは,おそらく”うらぎり者クラック”の上部にあたるラインだ.全くの未踏ではない証にリングボルトが1本だけ打ってあった.

そうして大まかなラインが決まったところで,パートナーの登る準備ができたのでビレイのために下まで降りる.残念ながらこの日,彼は登れなかったが(後日ちゃんとRP!!!)こんな感じで開拓とビレイを交互に行いながら一日を過ごした.ビレイが終わるとロープをユマールしてさっきの続きから偵察.掃除しながら降りていくと,下部のクラックは結構しっかりしていた.それどころかかなりよい.クラックの中の土を除去して雑草の根を鎌でほじる.2回ほどぶら下がって掃除をすると結構きれいになり登攀意欲をくすぐるためトップロープでの試登をしてみることにした.


試登
試登は下部の左上クラック~右にトラバースして”うらぎり者クラック”上部~そのまま直上して脆いクラックといったラインだ.下部のクラックは岩はしっかりしており傾斜もありおもしろい.トラバースもホールドがつながっているし自然な形で右のクラックに移ることができる.プロテクションについてはスリングで延長すればそこまで屈曲しなさそうだ.ここまではなかなか面白いぞ.


偵察の時点から核心であることが予測された”うらぎり者クラック”上部であるが,やはりなかなか難しそうだ.幸いなことにリングボルトを使用しなくてもカムでプロテクションはしっかりとれる.あーだこーだとぶら下がっているうちになんとなく何とかなりそうなムーブが見つかった.だが再現性は低い.とりあえず可能性は見いだせたので試登でそこまで詰めずにトップアウトを目指すことにした.
ワイド部分もそこまで問題ないがこのあたりから岩が脆くなってくる.ダイクに立って上を見つめると,その脆さに一気に恐怖心が芽生える.かろうじてトップアウトはできたがいつ持ったホールドが剥がれてもおかしくないような状況で,とてもじゃないけれど岩が安定する未来は想像できない.危険が危ない.

そのあとに回収がてらもう一度ぶら下がり,今度は直上ではなくダイクをトラバースして最初のクラックに戻るラインを検討する.岩はだいぶましだが,ロープの流れが悪くなるのと,登攀距離が長くなって60mロープで降りられなさそうなのとで悩ましい.うーん.どうしたものか.
思案
偵察と掃除をしてみて,この壁にラインを引ける可能性は見いだせた.だがすべてがうまくいったわけではない.下部のクラックは一級品だ.トラバースから核心にかけてもムーブがあって面白い.だが問題はそのあとだ.
①最初の予定通りクラックをそのまま直上して登る:これが一番自然だ.だが岩が著しく脆くそのうち崩壊しそうだ.
②上の木からスリングを垂らしてダイクに立ち上がって終了とする案:岩は安定しておりリスクはそこまでない.ただ壁の途中で終了するというのが何とも許しがたい.
③ダイクをトラバースして元のクラックに戻る:これもラインとしてはやや不自然かもしれないが,一方で頂上を目指すという意味では①とそこまで変わらず自然かもしれない.
そんな感じでいくつかの候補の良し悪しを検討して,やはり自分の中で”上まで抜ける”が妥協できない点だったので,その他のことも加味して最終的に③の案を採用した.

5/31-6/1 ルート整備と掃除
登攀ラインが決まったからといってすぐに登れるわけではない.まだいくつか仕事が残っている.その中のひとつが終了点の整備だ.クラックももう少し掃除する必要がある.すぐにでも岩場に行って作業をしたいところだが次の週末はあいにくの雨予報.だが日にちが近くなり詳細予報を見るとどうやら雨が降るのは土曜の午後だけのようで土曜の午前中と日曜日は活動はできそうだ,ということで金曜日の夜に自宅をでる.晴れてくれよ,と祈りながら.

5/31の朝,辺りが薄明るくなるころに目を覚まし日の出とともに行動を開始する.駐車場は雨はまだ降っていなさそうだが標高をあげるにつれ霧雨のような状態.そそくさと準備をはじめ上から回り込み終了点の整備を行う.そのあとはロープにぶら下がりブラシ片手に黙々と掃除を進める.2時間ほどたったところで概ねやりたいことは終わったので撤収することにした.翌日も通うつもりなのでギア類は岩場にデポ.9時過ぎには下山を終わらせ駐車場に戻ったが同じタイミングから本降りになってきた.日中は温泉に行ったり,Roof Rockに顔を出したりして過ごした.

翌6/1はフィックスを張りひとりでワーク.下部のクラックはびちょびちょで核心のある上部も濡れている.1日かけて4回ほどワークしているとに核心部分のコンディションは徐々によくなってきて本格的なムーブ練習もできたが精度は40%程度といったところ.とはいえルート整備はおおむね終わったのであとは普通のクライミングをするだけだ.

6/5 The Day!!
世の中は梅雨の走りと言われる時期に入り,なかなか好天周期と週末がかみ合わない.そんな中,次の週末はその二つが重なるらしいが残念ながら先約がありプロジェクトに向かうことはできない.その次以降は本格的な梅雨にはいってしまうということだ.
梅雨明け,あるいは秋まで待てばいい話だが,残念ながら頭の中でこのプロジェクトが占める割合はどんどん大きくなり,このままでは日常生活もままならなくなってしまいそうな勢いであった.そうした経緯もあって平日休みを確保し岩場に向かうことにした.当然パートナーが捕まるわけもなくLRSでの初登を考えていたのだが,奇跡的に平日休み勢のTくんが一緒に行ってくれることになった.これぞまさに千載一遇のチャンスというやつだ.詳細を詰め前日夜に廻り目平キャンプ場へ向かう.
6月の小川山は晴れれば昼間こそ快適だが朝晩はまだ寒い.明るくなると自然に目が覚めるが,そこから日が当たるまでの時間がつらい.テントの撤収もせずにシュラフにくるまり温かいコーヒーを飲んで体を目覚めさせる.ダウンが必要なくらい冷え込んでいるが前々日に降った雨の気配は感じさせない.岩場のコンディションは期待できそうだ.

例のごとく40分ほどのアプローチをこなしてエリアに到着するとコンディションの目安となる路傍の石が乾いていたので自然と高揚せざるを得ない.荷物を置いてルートの偵察,ぱっと見濡れてはなさそうだ.最初にTくんのビレイをしつつ,そのあとにもはやルーティンとなったアップをこなしいよいよトライの時間がやってきた.
「真っ暗な世界から見上げた夜空は星が降るようで」初登
前回ひとりでワークしているときに不注意にも脆いガバを掴んでしまい、結果として岩が剥がれて怖い思いをした出だし.はじめてのリードトライということもあり嫌でも緊張するが,ここは易しいので丁寧に登れば落ちることはない.テラスに上がりカムをセットし一息つく.
一通りのムーブのイメージを終え,いざ登ろうとクラックの中に手を入れる,,,し,しめっている,,,.とはいえフェイスは乾いていそうだし,クラック自体は多少濡れていても登れるだろうしということでそのまま上ることにした.
下部のクラックは完全にムーブが固まっておりカムセットをしながらでも余裕がある.でもやはり傾斜もあってなかなかタフだ.放射冷却のせいで岩も冷たい.ダイクに上がると一息つけるので,呼吸を整え手を温め入念なレストを入れてからクラック上部へ向かう.湿ってはいるが濡れてはいない.
※ここからムーブ記載あり※
高度感のあるトラバースを終え,浅いクラックに丁寧に4番を決めると,さあいよいよ核心だ.核心のムーブは2パターンありどちらにするかここまで来ても決めかねていた.デッドで右手を出すか,クロスで左手を出すか.
居心地の悪い場所でレストをしながら思考を巡らせ,結局岩のフリクションを信じてクロスムーブで行くことにした.意を決して一連のムーブへと行動を開始する.
「えいっ!」
保持感の悪い縦カチを中継してクロスで出した左手は遠い先にあるガバをとらえていた!声を出してこらえる.振られに耐えたところで右手を出してマッチ,左足,右足と足を上げ,左手はワイドクラックの縁を押さえ体を落ち着かせる.ここで次のカムセット.
のはずであったが,,,あれ?なんか足のききが悪いぞ?,,これはまずい,,,左手も徐々に滑ってくるしこのままでは落ちる!!,,少し悩んだ末にカムセットは諦めそのままムーブをつなげることにした.最後にきめたカムは足元2mほど下だがそんなのは気にしない.
甘いトゥジャム,アンダー,スメア,ニーバー,そしてチキンウイングとムーブをつなぎようやく右手はガバをにたどり着いた.やった!核心を越えたぞ!というのは束の間,すかさず先ほどきめられなかった0.75を足元にきめ,ついでに6も決める.あとは慎重に登るだけ.掃除し忘れたイワタケのあるワイドをずり上がりダイクに立ちこむとようやく一息つける.
120スリングで延長した0.5をセットし安定したダイクで大レスト.ここからもう一仕事残っているのだ.やっぱりこのライン取りにしてよかった!上体をのけぞりながらダイクをトラバース.ちょこちょこと進み再び元のクラックに戻る.ここで終わりかと思いきやさらにもうひと行程残っている.我ながら濃厚なルートにしたな.とはいえムーブは簡単でガバをつないでテラスに立ち上がるとそこには数日前に設置した終了点が待っていた.
やったぞ!
※ここまでムーブ記載あり※
ルート名についてはライン取りが決まってからずっと考えていた.最終的には
「真っ暗な世界から見上げた夜空は星が降るようで」
とした.ちょっと長い気がするけど気にしない.
開拓の帰り道,ひとりで運転しているとふいに流れてきたとある懐かしい曲.流れ星を仰ぐこのルートにふさわしいと思い歌詞のフレーズをそのまま拝借した.


ルート解説
ここまで開拓の経緯を述べてきたが,最後のこのルートがどんなルートなのか紹介していく.前半は概要だが途中からは情報が盛りだくさんとなるので,例のごとくオンサイトを狙っている人は読み飛ばすことをおすすめする.

ルート名:「真っ暗な世界から見上げた夜空は星が降るようで」
ルート長:およそ30m
グレード:5.12a(暫定) 5.11+~5.12-程度と思われる
終了点 :上部テラスからスリングおよび残置カラビナ
ギ ア :ナチュラルプロテクション,途中リングボルト1本あるが初登時未使用
キャメロット#0.3-4×2,#6×1,延長スリング(60㎝×3-4,120㎝×1-2)
概要
小川山涸沢岩峰群を構成する一つである涸沢1峰には2つの大きな岩壁がある.一つは言わずもがな流れ星のある壁だ.この壁にルートは流れ星1本しかない.もう一つが今回開拓したルートがある壁だ.どちらの壁も30m程度の大きさを持ち,うっすらと前傾している.

今回開拓した壁は全くの未登というわけではない.2022年に発売された通称「小川山本」には2つのルートが記載されており,もはや古書の類になる「岩と雪90号」にはこの壁の右端のほうに「うらぎり者クラック」と1本線が引かれているが詳細はかかれていない.だがこれらのいずれのルートも壁のピークまで登るルートではなく,端の方を登るEl CapitanでいうEast Buttressのようなルートだ.
「真っ暗な世界から見上げた夜空は星が降るようで」はこの壁のクラックやダイクをつないで左右にトラバースしながら頂点を目指すルートだ.途中スリングなどで延長してロープの流れを良くした状態でスケールは30mを少し下回るくらいで,実際に登っている距離は30m程度と思われる.手前みそにはなるが,これだけ開拓が進んだ小川山で30mクラスの新規のトラッドルートは珍しいだろう.
このルートは大きく3つのパートに分けることができる.うっすらと前傾したクラックをよく利くジャミングで豪快に登るクラックパート(5.10+~5.11-),露出感のあるフェイストラバースからクラックの閉じた部分を抜けワイドに入るまでの核心パート(5.11+~5.12-),簡単なワイドとその後のダイクトラバースからやや脆いフェイスの最終パート(5.10-)の3つだ.長さはあるがレストポイントは豊富にあるため,ストレニュアス系というわけではなくグレードは核心部に依存する.
クラックパート
このルートを下から見上げたときの第一印象はおそらく「きれいなクラック」だろう.これが最初に訪れるクラックパートになる.フィンガー~ハンドサイズでジャミングはよく利くが,ところどころ距離があるし,左上しているし,前傾しているしで思いのほか疲れる.それでも途中にあるダイクがよいレストポイントとなってくれるので,この部分のグレードはせいぜいあっても5.11aぐらいだろう.ただこのダイクに上がるところがクラックが広がるため腕の見せ所だ.

レストポイントから一手あがると快適なハンドジャムを中継した後に直上するクラック閉じてしまう.だがここを登れと言わんばかりにクラックは横向きになり,途中からはフレークとなって右に続いている.
核心パート
Japanese pancake flakeとでも言えそうなくらいの厚さのフレークをアンダーで持ちつつトラバースしていくと右のクラックに移ることができる.とはいうもののクラックとして成立しているのは出だしだけですぐに閉じてしまう.だが幸いなことに2mくらい上にはワイドクラックとして再びクライマーを待ち構えている.このブランクゾーンがこのルートを通しての核心となる.

フェイス部分のホールドは乏しく,クラックになりそこねた縦カチを中継して遠いガバをダイナミックに取りに行くムーブとなるだろう.最大で足元1-2mくらいにカムが来るが利きはいいので思い切ってトライできる.フェイスが強い人ならそんなに難しくないかもしれないが,もしかしたら人によっては全く歯が立たない可能性もある.この1手さえ取れてしまえばあとはそこまで難しくない.でもこの1手がなかなか難しい.

最終パート
ワイドに入ってからはチキンウイングがよく利くしフェイスにはガバもたくさんあるので安心する.ダイクに立ち上がるところは多少のムーブがあるが一度乗ってしまえばノーハンドでレストすることができる.
ダイクから先はラインとしては直上するのが自然かもしれないが前述の如く試登の段階で危険を感じたため,そのままダイクを左にトラバースして元のクラックに戻る形になる.ダイク自体は20㎝くらい飛び出ているガバだが上部の壁が張り出しておりなかなかバランシーだ.結果的にこのダイクトラバースがルートのちょっとしたトッピングとなっていると思う.最後は多少脆く結晶がぽろぽろ崩れるがガバをつないでテラスに立てるので目をつぶってしまおう.

終了点は涸沢岩峰群トラバースの最後の懸垂支点があるテラスから4mほど下のテラスとした.下のテラスで立てる,最後のパートは易しい,乗越のスラブ面でロープが擦れる,テラスまであがると60mロープではロワーダウンできない,などの理由から終了点の位置を決めた.リード&フォローで登る場合はテラスまであがってしまった方が充実するだろう.その場合は懸垂下降であれば60mロープでも可能だ.
グレーディング
誰しもが気になるグレードだが現状では5.12aとしている.ただ前述のように核心部分についているもので,ここが苦労せずに登れる人にはもっと易しく感じるかもしれない.筆者の体感としては5.11+~5.12-といったところだ.これよりも登りやすい5.12aはいくつかあるが,これよりも難しい5.11dは沢山あるだろう.ただプロテクションワーク,絶妙なランナウト,長さなども考慮して,ギリギリ筆者の中の5.12に届いているかと考えこのグレードにした.今後もし再登されるようなことがあればその意見に耳を傾けたいと思う.
総括
はじめての開拓でいろいろと悩むことはあったが,最終的に形にすることができてよかった.登りたいと思ったクラックはこれまでにいくつかあったが,それが壁のピークまでつながっていることなんてめったにない.ましてやこの小川山において30mクラスのものが残っているなんて幸運だった.
仮に再登者がでたとして,もちろんネガティブな意見も出てくるだろうけれど,それでも誰かはやく登ってくれないかなー?ってワクワクしてるし,なんて言われるんだろうってドキドキもしている.初登者の贔屓目は存分に入っているがなかなか面白いルートになったと思う.
最後にクライミングの聖地たる小川山に,何より流れ星と同じ壁にルートを拓けたことを光栄に思う.一緒に涸沢1峰に通ったS君,きっかけとなるドローン撮影をしてくれたGさん,RP時にナイスビレイをしてくれたTくん,ありがとうございました.
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