神の時代5.12c|瑞牆十一面岩正面壁~時代を越えて残るクラック~

トラッドクライミング

 クラックをみるといつも考えることがある.それはいつからあるのだろうか,と.

 もしかしたらそのクラックは神の時代からあるものなのかもしれない.そういわれても疑いようがないほど神秘的で芸術的で独創的なクラックだった.

十一面岩正面壁

 みずがき山自然公園の芝生広場からはたくさんの岩壁・岩峰が見える.その中でひときわ目立ち,はじめて見たらそれが百名山である瑞牆山の山頂かと思うほど立派なピークがある.これがクライマーたちに”十一面岩(といちめんいわ)”と呼ばれている岩峰だ.

十一面岩

 仏教の世界では十一面観音(じゅういちめんかんのん)と呼ばれる菩薩がいる.この菩薩は頭に11の顔をもっている.これを彷彿させるがごとく十一面岩も複数の顔を持っている.

 瑞牆のトポを見ると十一面岩と名の付く岩壁は全部で4つあり,その位置から末端壁,左岩壁,正面壁,奥壁と名付けられている.その周囲にも小ぶりな岩峰・岩壁は数多にある.それぞれの壁に魅力的なルートが存在してるが,クライミングの歴史において特に興味深いのが末端壁と正面壁だろう.

 末端壁は春うららやアストロドームをはじめとした両大なスケールを持つクラシックなクラックルートが集まっており今日でも多くのクライマーが集まる.

 そして正面壁には王道のクラシックルートであるベルジュエールがある.最大グレード5.11bで,そのほかにも登りごたえのあるピッチを10ほど継続し十一面岩正面壁の頂上を目指す.

シロクマのコル

 ベルジュエールを4Pほど登っていくとシロクマと呼ばれる岩塔の脇を抜けてコルに出る.これがシロクマのコルだ.

シロクマのコル

 ここへは山道を歩いて行けるためアプローチにもデプロ―チにも使うことができる.このシロクマのコルというと個人的に思い出すのは故倉上慶太氏の記事だ.

(前略)

モアイの頭から懸垂して白くまのコル下のアレアレア取り付きから帰ろうと思ったが、予想以上の雷雨にアレアレア取り付きから白くまのコルまでの数メートルのアプローチは滝となってしまっていた。
雹も混じってきて、微妙なスラブのフリーソロには相当参った。

モアイフェース開拓記 – Keita Kurakamiより引用

 シロクマのコルの存在は日本が世界に誇るトラッドルート「千日の瑠璃」の誕生に少なからず寄与している.

 もちろん千日の瑠璃以外にもシロクマのコルを経由して登れるルートはたくさんある.ベルジュエール,アレアレア,達磨バム,春一番,そして神の時代だ.

神の時代

 その恐れ多さ故か,数多にある瑞牆のルートの中に”神”を冠するルートは意外と少ない.

 カサメリの高難度ルートである”神の手”と”神のおこぼれ”,大迫力のルーフクラック”現人神”,不動沢のクラシックルート”風神の門”および”大魔神ルート”,そして”神の時代”だ.

神の時代

 ”神の時代”は先に紹介したシロクマのコルのすぐ脇にある.みずがき山自然公園の駐車場から1時間強ほど歩いてそろそろ正面壁の山頂についてしまうのではないか?と不安になったころにその壁は姿を現す.

 垂直な壁に入った1本の細い筋,見た瞬間に人間の指なんか到底入るわけがないことに気がつく.途中分岐や屈曲,合流を経て壁の最上部までクラックがつながっている.これをみて登攀意欲がわかないのであればクライマーを名乗るのをやめた方がいい,そう思わせるクラックだった.

 

草の生えたクラック

 このルートが最後に登られたのはいつのことだろう.クラックの上の方には草が生えている.チョークあとなど全くない.幾人かの完登者は出ているはずなのに,まるで人間がクライミングをはじめる遥か昔の神の時代から残されているかのような錯覚に陥る.

対をなすルート

 ”神の時代”には兄弟ルートともいえるような対をなすルートがある.それが”オーバー・ザ・レインボー”だ.これら2本のルートもいずれもレジェンドクライマーである菊池敏之氏によって2003年に開拓され,同じタイミングで世の中に発表された.この記事はROCK&SNOW24号に掲載されている.

ROCK&SNOW24号

 内容をみたときにどちらのルートも高難度のフィンガークラックという点では共通しているが,それ以外の点では全くと言っていいほど異なっている.

オーバー・ザ・レインボー

 オーバー・ザ・レインボーは前傾した壁に弧を描くクラックをよく効くフィンガージャムでトラバースしながら登っていく.

 一方で神の時代はシンクラックだ.フィンガージャムが効く場所は限られている.垂直な壁に入った,菊池氏曰く”カッターで切ったような”細さのクラックをフィンガーチップジャムやレイバック主体で登っていく.

 このように性質の異なった2つのクラックはどちらも思うわず声が出てしまうくらい美しい.だがその美しさもやはり異なっている.オーバー・ザ・レインボーはクラックを含めた壁全体が美しいが,神の時代はクラックそのものが美しい.

”カッターで切ったような”シンクラック

 神の時代のクラックは初登者である菊池敏之氏に言わせると”カッターで切ったような”クラックだそうだ.「そんな大げさな」と思うかもしれないが実際にこのクラックを見るとこの表現が適切だということを知る.

 出だしのクラックはきわめて細く,人の指どころかマイクロカムでさえ受け付けない.安全に登るにはナッツやボールナッツの扱いに長けている必要がでてくる.だが幸いになことにかすかにオフセットしている上にクラックの周囲にはいくつかスタンスとなりそうなものが存在している.

 5mほど上がるとクラックの幅は広がりようやくまともなプロテクションが取れそうだが,さらに上がると今度はクラックはでこぼこした上にフレアしており別の意味でプロテクションが取りにくくなりそうだ.左のフレークなんかも使えるのだろうか.

 そこを越えてもさらにクラックは続き,最後は左へ右へとトラバースがありなかなか楽をさせてくれなさそうだ.実際に登ってみるとその予感が的中していたことがわかる.

 デリケートかつストレニュアス,そして何より心の強さを試されるそんなルートだ.

時代を越えて残るもの

 神の時代と名付けられたクラックがいつからあるものかはわからない.でも少なくとも人間がクライミングをはじめる遥か昔から,もしかしたら人類が誕生する以前よりそこにあったのかもしれない.

 途方もないほどの長い年月の間そこで登られるのを待っていたのだ.そしてこれからも多くのクライマーと巡り合うだろうし,仮にクライミングという行為が衰退していって行われなくなってからもそこにあり続けるだろう.

 

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