クライミングの聖地ヨセミテから持ち込まれた本格的なフリークライミングが日本ではじまったのが今からおよそ半世紀前.黎明期には先駆者たちが我先にと多くの課題を開拓してきた.そんなルートの中には残念ながら時の流れに埋もれてしまったルートも数多にあるが,一方で現代もクラシックルートとして生き残っているものも少なからずある.
スカラップはそんなルートの中の1本だ.「ジェット」「タコ」「スーパーイムジン」「ローリングストーン」「エクセレントパワー」などその時代の旗手とも言うべきルートとともに半世紀近くもの時の流れに抗い続けてきた.
超巨大ホタテ貝「スカラップ」
クライミングルートの名前には初登者の個性が大きく出る.見た目をその名に冠することもあるし,その時々の流行に乗ったものもある,ユーモアを込めた名前もあるし,個人的な思い出を名付ける場合もある.もちろん何の脈絡もないときもある.

「名は体を表す」という言葉があるが,このルートにおいては「体を名で表す」が正しいだろう.その名は「スカラップ」.日本語で「ホタテ貝」という意味だ.
scallop /skάləp, skˈæləp/
1 【貝】ホタテ貝,ホタテ貝の貝柱
2 ホタテ貝の貝殻
3 貝殻皿(魚介類の料理などに使う貝殻または貝殻形の皿)
4 スカラップ(服飾,焼き菓子の縁取りに用いる波形模様の飾り)
城ヶ崎海岸は伊豆半島の東側にあるリアス式海岸で9㎞にわたって安山岩の柱状節理が続く.観光地として人気があり,その中で一番多くの人で賑わうのが門脇崎と呼ばれるエリアだ.360度の展望が楽しめる門脇崎灯台や高さ23mのスリルが味わえる門脇つり橋などが人気だ.


そんな人気の観光地から5分ほど遊歩道を歩くと「もずがね」と呼ばれる磯に巨大なホタテ貝が現れる.遠目にみる分にはそれほど大きくないが,歩いて磯におりるとその巨大さに圧倒される.スカラップはこのホタテ貝の縁に沿って登るルートだ.

複雑な地形ながら登るラインは一目瞭然.ホタテ貝の縁にある割れ目に沿って登ることになる.貝を越えてからのフェイスにもクラックがつながっている.

40年の時を越えたスーパークラシック
スカラップが登られたのは今からおよそ40年前の1985年9月のことだ.初登者は当時時代の最先端をいくクライマーであった池田功(いけだいさお)氏だ.代表作は言わずもがなスーパーイムジン.

岩と雪115号を掘り出してみると表紙でこそないがカラーグラビアで取り上げられている.今では骨董品レベルになっているスワミベルト,巨大サイズのトライカム,そして足元を見るとフィーレを身につけ屈強な背筋を顕にしている.
ギアの進化の進んだ現代ではキャメロットの5番や6番を使うスカラップの幅広い割れ目に合うギアはどうやら当時にはなかったらしい.池田氏はボルトを2本,ハーケンを1本打ってプロテクションにしている.そのうちの1本は未だにルーフの下に輝いている.
池田氏がこの課題につけたグレードは5.12d.5.12dというグレードは現代においては決して群を抜いて厳しいものではないが当時は違った.その当時の日本で最も難しいルートとなりうるグレードだ.現に翌年にエクセレントパワーが登られるまでスカラップは日本最難のルートであった.その時代の最難をグレーディングするには勇気がいることだろう.
伝説の連載「OLD BUT GOLD」はここからはじまった.
スカラップは今でこそ人気のルートになっているが,第3登の吉田和正以後しばらくは再登者を迎えることのない日陰者であったようだ.それにはその取付きにくいグレードや時代の潮流がスポートに移り変わっていたことなどが関係していたかもしれない.
そんなスカラップを再び日のあたる場所に引き戻したのは言わずもがな故杉野保氏による伝説的連載OLD BUT GOLDだ.

Rock&Snow19号から全16回に渡って連載されたOLD BUT GOLDの記念スべき第一回目に取り上げられたのがこのスカラップだ.この記事が書かれてすでに20年ほどが経つが,シーズンにもずがねを訪れると巨大なホタテ貝の下には渋滞ができていることもある.杉野氏の文章によって魅力された人々だ.
今では手に入れることも難しい元雑誌だが幸いなことにOLD BUT GOLDは書籍化されているため記事の詳細についてぜひこの書籍を手に取って読んでいただきたい.
唯一ここで触れておきたいことはそのグレードだ.杉野氏はこのルートのグレードは5.13aでもおかしくないと述べている.
次にそのグレードである.(中略)私は逆に,5.13aを与えてもおかしくないのではないかという気がした.(中略)
5.12dが5.13aになったところで大した違いはないといってしまえばそれまでだが,日本初の5.13のタイトルがエクセレントパワーからスカラップに塗り替えられるとしたら,それはいろいろな意味で極めて興味深いことなのだ.
OLD BUT GOLD(山と渓谷社)より引用
2025年現在ではスカラップのグレードは5.12d/13aに落ち着いている.
幻の5.13 「七色のホタテ貝」
今ではYoutubeやinstagramなどインターネットにある情報を参考にしてムーブを構築する行為は一般的となっている(これのよき悪きについてはいろんな見解があると思われるがここでは触れない).当然のことながら,もはや人気ルートとなったスカラップの動画もたくさんあがっている.
だが不思議なことにスカラップの動画を見ていると,あるいは現地で他の人のムーブを見ていると全く同じムーブをしている人がいない.もちろん身長や体格,技術や性別などによってムーブが変わるのはよくあることだが,ここまで人によってムーブが異なるルートを他には知らない.
その視点で古い岩と雪を取り出して写真を見てみると,いまでは逆さまになるムーブが取り入れられることも多い箇所を正対でこなしている.もしかしたらグレードが見直された今でも5.13aに半歩届かなかったのはこういうようなより効率の良い(?)ムーブが発見されたことが関係してるのかもしれない.


とにかくこのスカラップという課題ではムーブを構築するというクライミング本来の楽しさを存分に思い出すことができる.
スキャロップパール
真珠貝として有名のはアコヤ貝だが,時としてホタテ貝からも真珠が取れることがあるらしい.確かに「スカラップ」にはきらりと輝く宝石があった.あなたも城ヶ崎までこの宝石を探しに行ってはどうだろうか.


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